オヤクメサマ

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井上君と八手村に行くのは、話を聞いた日から十日後に決めた。こちらでも色々調べておく必要があったからだ。何人かに声をかけた結果、一人から八手村について少し解ったという連絡がきた。長田という男である。彼は私の大学の教え子だ。年は34,5になったと思う。元プロレスラーで、体が非常に大きく、声帯を潰しているのかしゃがれていた。厳めしい人相ではあるが、笑うと人懐こい彼は、現在フリーのライターなのである。本業としてはアイドルの記事などを大手の会社から専属で請け負って書いているそうだが、趣味と、実益を兼ねて副業でホラー実話などの編集や記事などを書いている。その伝手もなかなかのもので、私などはいつもお世話になっているクチだ。 「おいっす、先生。お待たせしちゃいました?」 「いやいや、君の遅刻癖は学生の時からだからね……。僕も少し遅れて来たが、30分はたっぷり待った」 「ははは、参ったなあ。まあ、俺の癖なんで……仕方ないですよね。長年の付き合いってことでこれからもどうか多目に見てください。その代わりと言っちゃなんだけど、ネタ、ちゃんと仕入れてきましたよ」 待ち合わせの喫茶店に颯爽と、しかし一時間はゆうに遅れて彼はやってきた。長い髪を一つくくりにして、革ジャンに、ジーパン。一見すると強面の、チンピラにも見える。 押しの強い所は相変わらずだなあ、と苦笑しながらも私は頷き、馴染みのマスターにブレンドコーヒーのお代わりと、彼の為にアイスコーヒーを注文し、それが席に届けられると早速彼は私にA4の茶封筒を渡してきた。 「先生、なんか面白そうな事に首を突っ込んでません?」 「なにがだい」 「いや……いつものことかあ……。で、資料は後で見てもらうとして。先生が言っていた【オヤクメサマ】って言うのは見つかりませんでしたよ」 「そうか。私も調べたんだが、解らなかったしね」 「でもね、面白い事があった、って言ったらどうします?」 「え?」 「あのね……伝承とか、言い伝えではないんです。歴史の史実として残っている話がありましてね……」 そう言って彼が話したのは、八手村がまだ、平凡な名前だった頃の話である。 それも、うんと昔の、平安時代にまで話はさかのぼる。 昔々、井上村と言う村があった。そこは山奥の村だったが、源氏と平家の戦いによって落ちのびてきた者共がいた。彼らは男三人と女一人に子供が一人。それに乳母と下男がいた。随分高貴な位の人間だったのか、金銀財宝を沢山持っていたという。彼らはひっそりと山の、洞穴に住んでいた。ときたま村に訪れては金などと食べ物を交換していたそうだ。 「だけど、そんな暮らし……長くは続かないでしょう?」 長田がにやり、と笑って話を続ける。 「一年程経つと、源氏の追手が井上村まで来るんです。これこれこういう者はいないか。平家の人間を匿っていたら村を焼いてしまうぞ、もしも見つけたら殺してしまってもいい。もし、平家の人間を捕らえたり殺したら、証拠があれば褒美をくれてやるぞ。そんなお触れが出ます。最初は洞穴の貴人達に好意的だった村人も、段々余所者を嫌うようになっていくんですな。それで……まず値上げした」 「値上げ?」 「そう。落ち延びた人間達がどうやって食べ物を手に入れていたか、覚えてますか」 「なるほど……法外な値段で食べ物を売ったんだな」 「そういうことです。金を巻き上げようとした。そりゃあ、最初は怒ったりしたんでしょうが、食べ物がないと死んでしまう。だから渋々彼らは村人たちに金を支払う、だが、そんなものはすぐに底をついてしまう。飢えが、始まる。まず、子供が死んだ。それから乳母、下男。男達は野盗のように村に押し入るようになった、食べ物をかすめ取るようになったと史実には書かれていますがどうなんだか、って感じです。真実はさておいて、ここから一人の英雄が出てきます。井上村のよいち。与一、とも余市とも書いてあります。まあこの辺は当て字なのかもしれませんけど……。ねえ、先生。これって」 「ああ」 私は頷いた。 よいち。 よういち。 陽一。 もしかすると、これ、なのかもしれない。 私が頷くと満足したように長田は話を続けた。 「与一は井上村の若者だった。村に押し入り、盗みを働く盗賊が許せなかった。だから、懲らしめる事にしたんです。ある日、洞穴に行って、酒と肴を男に、女には団子をくれてやった。そして腹が満たされ、酒を飲んで寝込んだ連中の隙を狙って、枯れ木を縛って作った塀へいを洞穴の入り口に何重にも立てかけて、出入りを禁じたとある。つまりは……」 「閉じ込めたんだ」 「そうです。それで気が付いた連中はかしましく騒ぎ立てた。それで、与一はこう言った。助けて欲しくば、平家の身の証になる何か、それに残っている金や、宝。そっくり差し出せば命は助けてやろう。そうでなければこのまま火を放つ、そう言ったんですな。半狂乱になった連中は、身の回り一切の物を剥ぎ取り、枯れ木の塀に手を突っ込み、手を伸ばして、与一達に宝を差し出した。「宝はくれてやる。だから、命ばかりは助けてくれ」。四人の手、両手二本。合計八本。にゅっ、と伸びた。各々の宝の残り物、それに、平家の身の証である、一振りの立派な太刀たち。そこには平家の家紋の、揚羽蝶紋が刻まれていた。そこで、与一はその太刀を取り上げて、「賊はこやつらだ」と叫んだ……洞穴の外で待ち構えていた村人たちはそれぞれ宝物を握った八本の手を逃がさないように捕まえた。そして、与一は奪った太刀で、えいや、と八本の手を切り落とした。切り落とされた手の持ち主は、そのまま絶命したとありますが、この様子じゃあ……苦しんだでしょうな。身ぐるみ剥がされて、もしかすると……そのまま放置されたのかもしれない。恨み言の一つ、言ったのかもしれない。とにかく、平家の者共は死に、証拠の太刀を献上した与一は、百姓なのに、姓を与えられた。井上村の与一。だけれども普通の井上ではない。大井上与一と、名付けられたそうです。これが、大井上家の由来です」 「なるほど……」 「それでね、その大井上家。必ず、よいち、今では陽一と言っているかもしれませんが。この名前をつく者は必ず、早死にしている。若くして、病死って記述が多いんです。その……先生の生徒さんが見たっていう陽一っていう男は、戸籍さえない。で……俺、思ったんですけどね……。こう見えて、文字を扱う商売してるから、かもしれませんが……」 そう言って長田は革ジャンのポケットから手帳を取り出して、なにか、書いた。そして私に、見せた。 「オヤクメサマって……、実はこう書くんじゃありませんか?」 そう言って長田が見せた手帳の紙面には。 【お厄目様】と書かれていた。
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