オヤクメサマ

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【お厄目様】。 その字面を見た途端、腑に落ちた。 そうか。 そうなのだ。 陽一は、何かの役目があるのではなく、厄を負わされているのか。 それも、随分昔の、先祖が犯した罪の後始末を。 与一からすれば善行も、平家の落ち人からすれば、与一は腹立たしい悪人である。 永遠に、恨みたいほどの。 そして、きっと。 呪われた子は、すぐに解る。 真っ白な子供だから。 色素を生まれる前から奪われた。 すぐに解る。 解るように、した。 【こいつが、与一だ】と。 怨霊たちが囁いているのだ。 「だとしたら、なぜ陽一は与える力など持っているんだろう……。それに早逝するらしいが……彼女によれば陽一はまだ生きているそうだよ。七年前に18なら今は25歳だ。早逝するという年齢なら、もうそろそろか、あと数年と言う所だ」 「それなんですけどね。本当は生きてたかもしれない」 「え?」 私が長田を見る。するとガラの悪い顔を歪ませて、私に渡した茶封筒を勝手に取り上げて中身を出した。中には先ほどの歴史の資料と思えるものと、雑誌の記事のコピーが数枚入っている。そしてその中から一枚、渡す。それは実話怪談系の、投稿記事らしく。本当にあった怖い話として載っていた。その記事は、30年ほど前の物だった。 【私が彼氏と彼氏の友達と三人で山へドライブしに行った時の事です。〇〇県の■■村というところに偶然入り込んでしまいました。村の人たちは閉鎖的で、早くそこから出ようと言ったのですが彼氏達は全く動じず、村に車を置いてハイキングに行こうと言ったのです。しぶしぶ私もそれに付き合う事になりました。そこで村の裏にある山へと言ったのですが……。洞穴を発見しました。そして私達は見てしまったのです。古い、鉄格子の牢屋に入れられた白い、大きな蜘蛛を。それは二メートルくらいあったのかもしれません。そしてその化け物は、しっかりとした声で言いました。足を、私達へ差し伸べて、「あげよう」と言ったのです。私達は恐ろしくなって逃げだしました。それから一度もあそこへは行っていません。あれはなんだったのでしょうか……】 「俺が副業バイトで働いてる実話系怪談雑誌ってね。コアなファンがいてめちゃくちゃ歴史が長い雑誌なんですよ。それで、もしかしたら【オヤクメサマ】の話も投稿している奴がいるんじゃないかって調べてみた。そしたら大蜘蛛の話が、何件かあった。〇〇県の、八手村。記事では伏字にしているが、本当は八手村のことだ。ベテランの編集者に八手村のことを聞いたら覚えていたよ。聞いた村の名前だって。それも、でかくて白い蜘蛛の化け物の話が必ず、出てくる」 長田が煙草を咥える。私はその記事を読んだ。確かに、三十年前だ。 陽一は、生まれていない。 ねえ。と長田が言った。 「その……お嬢さんの父親がレイプされてる時に、村人が言ったんでしょ?どうせ、オヤクメサマが自由に歩き回れるのは二十歳までだって。もし、もしですよ。二十歳から段々、化け物に変化していくのだとしたら?それで……人間の形を為さなくなったら死亡届が出される。でも、実は【お厄目様】は生きていた。だから……陽一が生まれる五十年前にいたオヤクメサマっていうのは実は二十五年前まで、生きてた。」 「そしてそのオヤクメサマが死んだから……陽一が生まれたのか」 「そうだとしたら、すんなり話は通りませんかねえ」 「君は……本業で怪談作家になるべきだよ」 「ははは……厭ですよ。毎日毎日暗がりで人が死ぬ話や、怪奇現象、心霊写真なんかと付き合うのは早死にの元ですよ。俺ね……深夜に部屋で怪談話なんか書いていると、ふと、肩が重くなったりするんですよ。誰もいないんだけど、確かに感じる。面白いと思えば思う話程、肩が重くなる。でね……思うんですけどね……誰か……絶対に覗いてるんですよね……。俺の肩に手をかけて、一緒にその話、読んでる奴がいるんですよ。だから……思ったんですけど……怖い話ってのはね、呼ぶんですよ。幽霊とか……怪奇とか……。そういうエネルギーを嗅ぎ取ってね……そういう連中が寄ってくるんだ。だから……四六時中なんてとてもじゃないけど俺はごめんです。命がいくつあっても足りませんよ。先生もそんなこと、感じた事ありませんか」 「そうだね……それはある……あるが、私は……」 「だから、あれですよね。生まれつきの才能なんですよ。怪奇と寄り添える人って言うのは。凄い能力じゃないんですけど……。例えば、牛乳飲んで腹を下す奴と下さない奴の差、みたいな感じですよ。俺には、先生みたいな生き方、無理だな。憧れますけどね。毎日下痢なんて、ごめんだから」 「はは……。私も……君みたいに割り切って生きれたら良かったがね。もう、駄目さ。きっと片足どころか、ずっぽり怪奇に肩まで使ってる」 「俺じゃあ、助けられませんねえ……」 「そうだね……。でも……不思議なことにね。私は怪奇と心中したら本望なのかもしれない、そう思っているんだ」 「ははは……。先生らしいや」 そう言って、長田は私の憂いを笑ってくれたので、私もさっぱりとした気分になったのだった。
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