竹書房怪談コンテスト落選怪談 火を貸せ

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愛知県には「火を貸せ」と云う妖怪が出る。 ある時、男が道を歩いていると、先を行くオカッパの女児の姿がある。追い抜こうとすると「火を貸せ」と乞われた。 持っていた大煙管で打ちすえ様とすると、身体が「痺れ」て動けなくなってしまった。 このオカッパの女児は「河童」の一種だと詳しい人から聞いた。 A君は毎朝、暗い内から近所の神社に参拝するのが日課だ。喫煙者の彼は、静かな清浄な空気に包まれた境内で一服するのが好きだった。 ある日、神社への道すがら、さっそくライターを出して紙巻きに着火すると、鳥居を潜った。 お社の隣の社務所の軒下で座り込んで吸っていると、誰も居ない神社の鳥居の方から「カンカン」と柏木の音がした。思わず「火の用心」と言ってしまった。 「そう言えば此処へ来る途中、N川の橋の上からポイ捨てしたな」等と思い出した。 「火事には気を付けて」と云う神様からの戒めかもしれない。 N川は、河童が棲むと伝説のあるT川と合流している。 T川では、頭頂部がへこんだ宇宙人の様な奇妙な妖怪を撮影した事もある。 火を貸せの伝説の様に河童のお皿に灰が落ちそうになったのかもしれない、と少し鑑みて反省した。 秋も本格的になり、未明の気温も寒くなってきた頃、何時もより起きるのが遅くて布団の中で震えていると、アパートの廊下を早足で向かって来る足音がする。 足音は、ドアのノブを回すと去って行った。 「誰だろう」とドアスコープから覗いても誰も居ない。妙な怪異で目を覚ましてしまった、と思いつつ、出掛ける支度をして、朝の一本を吸うために神社に向かった。 神社の鳥居の側で座り込んで吸っていると、背後で「カチ、シュボッ」とライターを点ける音がした。 境内には誰も居ない。周囲を見渡したが、信号の光りが明滅しているだけで人影は見えない。神様も吸うのかもしれない。 深夜に目覚めると、部屋の中が白く靄っていて焦げ臭い事もあった。しかし、燃えている物等見当たらない。咥え煙草の神様が迎えに来たのかもしれない。 先日、未明の神社に行くと、お社の裏に背の小さい赤い光りの何かが佇んでいた。帰宅する途中、すれ違う車の屋根に、半透明の何かが立っているのも目撃した。 神社には庚申塔が多く、庚申塔とは猿の神様の「山童」の事で、「山の河童」でもあると云う。 煙草好きの河童に付きまとわれている。 因みにA君は最近脳梗塞をやって足先に痺れが残っている。河童の火を貸せの仕業だろうか。
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