1.勇者と異世界、そして労働。

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1.勇者と異世界、そして労働。

「ウォォォォォォ労働!!」 とある王国から離れた辺境の地で、屈強な男性が大量の角材を担ぎながら、長い坂を登っていた。 「労働!労働!労働!」 その男性の後ろには多くの男達が続き、彼らも重い角材を抱えながら、一歩ずつ坂を攻略していた。 「声が小さい!!半端な覚悟で仕事をこなせると思うな!!」 「うおおおお!!労働!!労働!!」 滴り落ちる男どもの汗は、踏み慣らされた地面へと吸い込まれ、生い茂る木々や草花の糧となる。 「俺がいるからには誰一人欠けさせやしない!!全員で生きて帰るぞ!!」 「うおおおおおお!!労働ー!!労働ー!!」 しかし場の士気が最高潮に高まる中、何故かこんなところにいる場違いな細身の少年は、あまりの過酷さに意識が朦朧としていた。 「死ぬ…」 体力すらない貧弱な肉体なのに、こんな地獄のような職場に来てしまった少年は、一応「勇者」と呼ばれる人間だった。 もちろん勇者といっても彼には特別な力も何もない、直後に堪らず崩れ落ちると、背負っていた角材を散らかしてしまった。 「これが…俺の最期…」 最後尾で人知れず角材に押し潰された彼に、気付く余裕のある仲間などいなかった、彼らは前を見るので精一杯である。 無論、仲間と呼ぶことすらおこがましい一人の英雄を除いて、先頭にいたはずの戦士は、軽々と下敷きになった少年を救いあげた。 「勇者ァァァァ!!」 「!?」 「死ぬなァ!!お前の分は俺が持っていく!!」 「戦士さん……!!」 「だから起きろ!!立ち上がれ!!生き延びてみせろォ!!」 「俺………!!」 彼は代々「戦士」の称号を受け継いだ生まれながらの英雄であり、そんな男の叱咤激励を受けると、やるしかない勇者は限界を超えて立ち上がる。 「この仕事をこなします……!!」 「そうだ!!よく言った!!お前こそが勇者だ!!」 そして彼は勇者らしく己が足で前に進むと、その姿を苦しむ仲間達に見せることで、光のごとき勇気と希望を与えた。 「うおおおお!!労働!!労働!!」 戦士を先頭に隊列は一つにまとまり、彼らは人の生み出す結束の力で、この森の中の坂を登り続ける。 これが仕事であり、この世界を生き抜くための儀式である、実はこの行為に何の意味もなかったとしても進み続ける。 頂上に辿り着いたとして、角材が何の役にも立たないことを知りながら、彼らは生きるために歩みを止めぬのだ。 勇者は澄み渡った空を仰ぎながら、光輝く汗でこの世界を照らす一つとなる。 あの退屈な世界を想いながら、今を生きるこの世界と比較して、たった一つの言葉を頭の中に思い浮かべた。 「(帰りたい……)」
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