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「おつかれぇー!!」
夜の食堂で勇者は大粒の涙を浮かべながら、同じように命への感謝をする少女と、心からの乾杯を上げていた。
周りには仕事を共にした仲間がそれぞれ席に座っており、この西部劇のバーのような店は、戦士を中心に歓喜の声で溢れ返っていた。
ここは謂わば労働者達のオアシスのような場所であり、貴族の店主はわざわざ格安で店を開いてくれている、子供にとってはここで食事をできるようになることが、大人への第一歩というわけだ。
「ぐす…店で…やっと店で食事を…」
「長かったねー…」
「今までまともに仕事すらできなかったから…」
「頑張ったねー…」
二人はしばらく感傷に浸り、前菜と言わんばかりにジョッキの中に入った水を飲み干す、やがて勇者はテーブルに置かれた、籠に入ったパンを一つ手に取ると、恐る恐る一口かじった。
「…うっ…うっ…うっ…」
「…味は?」
「普通だよ…普通だよ…」
「そっか…じゃああたしも…」
噛みしめるごとに溢れ出る涙、それはあまりの美味しさにというわけではなく、久しぶりに人間らしい文化的な食事をして、感無量のあまり湧き出てきた汗のようなものである。
「はあ……米……」
「……コメ?」
「当たり前だったんだ……白い粒粒……」
「食べ物……?」
「はー……米食いてえな……」
「勇者……?」
「帰りてえな……あんな世界でも……」
帰りたい、その言葉を聞いた黒魔の瞳の奥から大量の涙が溢れ出てくると、いつの間にか歓喜の声は無くなり、仲間達は暗い顔をしながら、まだ幼さが残る二人に同情していた。
「あたしだって……ぐすっ……」
戦士は事情を知っているが、他の仲間達もきっと察しているのだろう、この黒魔という少女が元は裕福な家庭の出で、勇者もこことは別世界の暮らしをしていたのだと。
「店主。頼みがある、泣かせてやってくれ。俺達はもう涙が詰まってしまっただけなんだ」
戦士は仲間達を代表して、せめて慰めてやろうと近付いていく店主を止めた、この泣きたくもなる境遇で泣けることが羨ましかった、それが尊いものだと知っていたから。
「はあ…何であの時…」
黒魔が泣き止まぬ様子を見てセンチメンタルになる勇者は、天井を見上げるとこれまでの過去を振り返り、この世界に来てしまった些細な失敗を悔やみ始めたのだ。
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