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この世界で勇者とされるものは、別の世界でも同じ名前で呼ばれていた。
何の変哲もない苗字に、勇者という名前をつけられた彼は、笑われ蔑まれいじめられていた。
小学校の途中で不登校になり、そのトラウマで中学も休み休みだった彼は、義務教育から脱落した。
「俺は数年後…どうなっているんだろう…」
高校というステージに立てない彼は、当然ながらこれから先の将来に悲観していた。
いわゆる中卒というカテゴリーの人間は、己が度胸のみで生きる道を切り開くしかないと知っていたから。
「こんな俺がなれるものって…あるのかな…」
しかし彼にはそんな勇気もなく、むしろ恥ずかしがり屋で臆病な人間だった、それ故に自分の未来に絶望していた。
「俺は…この世界で生き残れるのか…?」
努力することは嫌いではないが、その努力をする長い時間で、世界に置いていかれることが怖かった。
自分は決して器用な方ではないと理解していた、そんな自分の歩みは間違いなく人より遅いだろうから。
「何もかもが怖い…人の視線も…自分の行く末も…」
自分の進むべき道を決めあぐねている時、彼は毎日のように図書館へと通っていた。
ここに来れば何かをしている気になれて、誰にも見られず心が落ち着くと気が付いた。
「今日は何の本でも読もうかな…」
誰にも声をかけられず座れる椅子がある、ここには勝手に取って読んでいい本があった。
それだけで自分の居場所があるのだと錯覚することができた、自分はここでは認められているのだと思い込めた。
「…あれ?あんな部屋…あったっけ…」
いつか図書館の一角に、変わった古いドアがあることに気が付いた勇者は、ほんの少しの好奇心から部屋の中を覗いてみることにした。
事実図書館には勉強用やスタッフ用の部屋があり、それもその類いのものだろうと思っていた、開けても注意される程度で済むと思っていた。
「勝手に…開いて…!」
だがドアノブも無いそのドアを押して開けようとした瞬間、急に勢いよく開くと彼は転びながら部屋の中に吸い込まれてしまった。
どうみても明らかにこの世のものではない黒い渦、それは名前も知らない異世界への入り口だった。
「むぐぐ……」
「や…や…や……」
気が付いた時には、黒魔という少女のやわらかい腹が、勇者の顔面を受け止めていた。
こういう時だけ反応の早い勇者は顔を赤らめて後退りしたが、その時の黒魔は無垢な瞳を輝かせて喜んでいた。
「やったーー!」
それからすぐにその輝きを失うことになるというのに、あの時は本当にのんきだったものである。
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