7人が本棚に入れています
本棚に追加
【第1球目】CHALLENGE AGAIN
二〇XX年八月二十四日――甲子園のスコアボードには、こう記されている。
一二三 四五六 七八九 十 計HE
川畑 200 000 100 3 680
仁栄 000 100 101 0 340
甲子園決勝戦。
延長戦迄もつれ込んだ激戦を制したのは、徳島代表の川畑高校だった。
香川県代表の仁栄学園は、チーム一丸となって、【風神】と呼ばれる神童――新陽心一に食らい付いたが、延長戦で、エースであり四番を打つ【雷神】星野大輝が力尽きた。
以上が戦評である。
激闘を終えた両校の選手達は、現在、閉会式の最中だった。
泥だらけのユニフォームの球児達がマウンド付近で並んでいる。
片や準優勝トロフィー、方や真紅の大優勝旗。
準優勝と優勝――その差は、両校ナインの物理的距離よりも、遥かに遠く、高い壁を感じた。
(また……新陽に勝てなかったのか……オレは……)
大輝の頭に浮かぶのは、とある人物の言葉……。
昨年のクリスマス――交通事故に合い、この世を去った、仁栄学園のマネージャー――朝日月乃。
彼女の言葉だった。
『きっと、大輝くんなら勝てるよ。あなたの最大にして、最強にして、最高のライバルに』
この言葉に、改めて大輝は答える。
(月乃……またダメだったよ……また勝てなかった……ごめん月乃……ごめん……)
頭の中で何度も何度も謝罪する大輝。
そんな風に呆然としていると、気付けば閉会式も終盤に差し掛かっていた。
そんな時だった。
「大輝! おい大輝っ!」
「ん? 何だよ……」
「何だよじゃねぇよ! 空見ろ、空を!」
「あん?」
チームメイトに言われるがまま、大輝は虚ろな目で空を見上げた。
「何だ……? もう夜になったのか? 時の流れは早いな」
「んな訳あるかアホぉ! 真夏の午後五時二十分だぞ!? こんな暗くてたまるか!!」
甲子園の上空を、闇が包んでいた。
いや、甲子園だけではない、この時、地球上の全てが……漆黒の闇に覆われていた。
「え? それならこれはどういう事なんだ? 急に夜になったのか? いやいや……そんな事ある訳――」
『はじめまして。地球人の諸君』
声が聞こえた。
その声が聞こえた瞬間、ブツンっと、甲子園の照明が消え、スコアボードが消え、地球上にある全ての光が停止した。
それにより、単なる闇ではなく、地球上は漆黒の闇に包まれた。
そんな漆黒の闇から聞こえる声。
甲子園のグランドに立っている、仁栄学園と川畑高校の野球部員に掛けられた声。
「地球……人?」
確かに聞こえた、そのキーワードに首を捻る大輝。
次の瞬間。
漆黒の闇の中、地球上で唯一、甲子園のグランドの一ヶ所のみに光が灯った。
光に照らされる場所に居たのは――まるで人間のような姿をした、宇宙人だった。
何故、大輝達が一目で宇宙人だと理解したのか……それは、目の前に現れた人物……否、生物の額に、人間では考えられない三つ目の目があったからだ。
突然訪れたこの漆黒の闇も踏まえると、目の前の宇宙人には、およそ、現在の地球上の科学では説明出来ない程の力を持っているようだ。
宇宙人は続ける。
『我らはバセバルル星人。地球より、遥か先の宇宙からやって来た。君達からすれば、宇宙人……という事になる』
宇宙人は続ける。
『この星のこの国のバセバルル大会は実に面白い。激戦に次ぐ激戦。汗と涙。夢と希望。意地と意地のぶつかり合い。魂を共にしているかのような応援団。そして、力量以上の力を発揮しているチームの存在……実に素晴らしい』
宇宙人は続ける。
『そんな素晴らしい地球人であり、この星のバセバルルプレーヤーであり、この年代最高のバセバルル戦士である君達に、是非ともお願いがある訳だ』
「お願い……?」
ここで初めて、人類が宇宙人の言葉に反応を見せた。
それは大輝の一言だった。
宇宙人は『ああ』と、頷く。
『我がバセバルル星――世代最強の男をバセバルルで倒してみせて欲しいのだ』
「倒して欲しい?」
『ああ、倒して欲しい』
「そのバセバルルってのは……野球って、認識で良いのか? 野球で、その世代最強って奴を、倒せば良いって事か?」
『その通りだ。よろしく頼む』
そう言い残すと、目の前の宇宙人は消え。
漆黒の闇に包まれていたグランド内のみ、眩い灯りが灯った。
グランドに立っているのは両校のナインと――一体の先程とは別の宇宙人だった。
その宇宙人は身長が二メートル以上あり。冷たい目で、見下ろすかのように、大輝の目の前にいた。そしてこう吐き捨てる。
「星野大輝……貴様は二番手だな」
「は?」
「こんな星の二番手になど興味はない」
「っ!!」
「僕が興味があるのは……ナンバーワンだけだ」
宇宙人の視線が、この夏の甲子園優勝校――川畑高校のエース、【風神】新陽心ーに向けられる。
「新陽心ー……否、川畑高校とやらの面々。僕と勝負をしろ。バセバルル……もとい、野球で」
ここでようやく、心ーが口を開いた。
「構わないよ。野球なら、例え宇宙人相手だろうと……負ける気はないから」
「……そうか。話が早くて助かる。流石は、この大会の王者と言った所か……良い目をしている」
「……そりゃどうも……さて、ルールはどうしようか? 野球と言っても、君一人しかいないようだけれど……知ってるかな? この星のルールでは、野球は最低九人でやるスポーツなんだけど」
「当然知っている。宇宙からずっと見ていたからな……ルール等も全く同じで、驚いたものだ」
「では何故君一人なんだ? 野球で勝負……というのなら、君一人だけでは話にならないだろう? そもそも野球が出来ない」
このように、宇宙人相手だろうと、強気に会話を進めていく心ー。
これが甲子園優勝投手……肝が据わっている。
しかし、そんな心ー相手に、宇宙人はこう言い放つ。
「守備なんざ要らない――君達如きではきっと……僕の球にかする事すら出来ないだろうから」
「……言ってくれるね……」
打撃を売りにして甲子園を制覇した川畑高校メンバーに対して、そのような大口を叩く宇宙人。
当然、川畑高校ナインも心情穏やかにはいられない。
そんな事お構い無しに、宇宙人はルール説明を始める。
「ただ、ルールとして、攻守の入れ替えはなく、二十七アウト制で行う」
「二十七アウト制?」
「……どうやら、この星のバセバルルには、そういったゲーム方法はないようだな。簡単な話だ、先攻後攻に分かれ、先ずは先行チームが一試合分――つまり、二十七アウトを取られるまで攻撃を行う。というゲームだ」
「……スリーアウトを取られてもランナーは継続って事かい?」
「いや、スリーアウトを取られる度に、ランナーは消滅だ。分かりやすく言えば、一回から九回までの攻撃を、攻守の入れ替えなく一度に行う、という認識で構わない」
「なるほど、了解した」
「物分りが良くて助かる……それでは、早速始めようか。先行はくれてやる。川畑高校の戦士達は、攻撃準備に移れ」
「それは良いが、一つ聞いていいかな?」
「何だ?」
「君一人で、僕達を相手にするってさっき言っていたけど、もし君の後ろに打球が飛んだ場合、インプレーって事で良いんだよね?」
「否――万が一、貴様らが僕の球を、僕の後ろ……いいや、フェアゾーンに転がせた場合……判定は、ホームランで構わない」
「っ!!」
人類が、そのルールの提案に驚きを隠せない。どよめいてしまう。
それはいくら何でも舐め過ぎだろう。そう思ってしまう。
しかし、突然現れた宇宙人を前にして、敗北というのは些か気味が悪い――異議を唱える事なく、心ーはそのルールを受け入れた。
勝つ可能性は、一パーセントでも上げておいて損は無い……そう考えたからだ。
「……分かった。そのルールを受け入れよう……その代わり――後で後悔しても知らないよ」
「後悔? もし僕が後悔するとしたら、このルールで貴様らが大敗を喫し、僕のこの星までの長旅が無駄になってしまう事だよ」
「……皆、準備しよう」
宇宙人のその皮肉に対して、心ーは反応せず、チームメイトに準備を促す声を掛けた。
最初のコメントを投稿しよう!