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【第24球目】秋はすぐそこに
超太郎との和解――その翌日。
朝日月乃はムスッとしていた。
「今日はちゃんとグランド行くんだから! 昨日は何故か分からないけど、校庭の掃除とか草抜きとか、忍くんの外ランニングに付き合ったりとかお願いされちゃったから顔出せなかったけどさっ! 私は、家政婦じゃないんだぞ? マネージャーなんだからねっ!」
スタスタと、小走りでグランドへ向かう月乃。
昨日のやり取りは、ひょっとするとタイムスリップの話に触れる可能性があった。なので大輝は、月乃にあえて無理を頼みグランドに近付けさせないようにしていたのだ。
「あっ! 月乃先輩! お疲れ様です!」
「む、この声は忍くん。お疲れ様。ねぇねぇ、今日は大輝くんから何か言われた?」
元気よく挨拶して来た新入部員――猫山忍にヒソヒソと問い掛ける月乃。
忍が元気よく答える。
「はいっ! 昼休みに、わざわざ教室に居らしてくださって」
「ふむふむ……で、何て言ってた?」
「今日からグランドでの練習に参加してくれ――と、言われました!」
「良かったぁ……」
ほっと胸を撫で下ろす月乃。
その様子を見て、忍は「どうかしたんですか?」と尋ねる。
「いやぁ……昨日は意味深に、グランドから遠ざけられてるっぽかったからさ……今日も忍くんにかこつけて、遠ざけられるんじゃないかとヒヤヒヤしてて……ま、今日は大丈夫そうだね」
「というより……ボク、本当に今日からグランド行っても大丈夫なんでしょうか? あの……坂東先輩……でしたっけ? あの人は、ボクの入部に反対してたみたいですけど……」
「うーん……それなのよねぇ……昨日の夜、大輝くんとちょこっと会った時、その件に触れてみたら『もう大丈夫だ』とは言ってたけれど……私も詳しく知らないからなぁ……」
「そうですか……何かボク……不安になってきました……」
不安になるのも当然だ。
超太郎はパッと見、厳つい。
そんな先輩に目をつけられてるとなれば、不安になってしまうのも無理はない。
月乃が、そんな忍の背中をポンと叩く。
「大丈夫よ。私も詳しい事は知らないけどさ! 大輝くんが大丈夫って言ったんだから、きっと大丈夫だから! 安心して!」
「は、はいっ」
少しホッとした様子の忍だった。
「それじゃあ部室まで案内するね! そう言えば、まだ部室には入った事なかったよね?」
「はい! はじめてなので……緊張しますっ」
「あははっ、色々と緊張し過ぎだよー。何も、鬼がいる訳じゃないんだからさー」
と、部室の前まで歩き。
明るく笑いながら、部室のドアノブに手を掛ける月乃。
ガチャりと入り口を開けると――
勇也と超太郎が胸ぐらを掴み合っていた。
その二人の形相は、まるで鬼そのもので……。
「鬼がいたぁーーーーっ!! やっぱりまだ仲直り出来てなかったんじゃん!! 何が『もう大丈夫だ』よ! 全然大丈夫じゃないじゃん! と、止めないとっ!」
慌てて二人を止めに入ろうとする月乃。
しかし、その口論の内容が耳に入って来る?
「だ、か、らぁ!! 大輝のフォームはアレがベストなんだよ!! バランスが悪ぃのは、筋肉つけりゃ何とかなるだろうが!! 分かんねぇ奴だなぁ!!」
「おどれさっきのワイの言葉聞いとったんか? 秋大まで時間がないんやぞ? 筋肉がそう易々とついてたまるか! せやから、秋大までは前のフォームで行った方が良い言うてんねん!! 耳糞ほじくり倒して、その腐った耳を綺麗にしたろか!?」
「え……何? この喧嘩の感じ……」
キョトンとする月乃。
すると、横から「だから大丈夫っつったろ?」と、大輝が声を掛けてくる。
以前までとは違い、野球に関する意見のぶつけ合い……。
勇也と超太郎がそれを行っている。それは正に――仲直りの証明といっても過言ではなかった。
「そっか……良かった良かった…………いや、良くはない……良くはないよ? 大輝くん、今にもあの二人殴り合いに発展しそうなんだけど……」
「だな……くくくっ」
「いやいや……笑い事じゃないから……野球に関する口論っていうのは分かったけど……一体何をそんなに……」
「大輝の投球フォームについてだよー」
と、答えたのは龍だった。
「超太郎が昨日、大輝の投球フォームが合ってないって指摘してさぁー。超太郎はそれを治すべきだって言って、勇也が治すべきじゃないって議論になってるんだよねー」
「あー……なる、ほ、どぉ……ふむ……」
月乃も顎に手を当て考える。
大輝がそんな月乃に問い掛けた。
「月乃、どうかしたのか?」
「いや、そのフォームの事なんだけど……実は私も思ってたんだ。急にフォームが変わったなぁって……」
「ん? そうなのか?」
「うん……私も、合ってないのは気付いてたし……球威とか変化球のキレも落ちてたから、声を掛けようか迷ってたんだけれど……」
「じゃあ何で、何も言って来なかったんだ?」
「うーん……そりゃ、ただ単にそれが滅茶苦茶なフォームだったら、すぐさま元に戻した方が良いって伝えてたけど……今の大輝くんのフォーム……長期的に見たら、凄く伸び代のあるフォームだと思ったから……」
「伸び代……?」
「うん……」
月乃が実践するかのように、小柄な身体を動かしつつ説明を始めた。
「以前の大輝くんのフォームって、こんな感じのザ、スリークォーターって感じだったじゃない。ステップ幅も小さくて、力感があまりない感じの……それが最近のフォームは、こんな感じで、ステップ幅が広くて、上半身もちょっと横に倒して、オーバースロー気味じゃない? ほら、こんな風に……」
「なるほどね。確かにそうだな……」
「そうだなって……何知らない感じ出してるのよ……これはいくら何でも、意図的に変えなきゃこうはならないフォームでしょ……」
「うん、そうだな。だが今はそれについて気にするな。解決を続けてくれ」
「はぁ……ま、いっか。恐らく、今の大輝くんがこのフォームを扱い切れてないのは、ステップ幅の増加と軸のズラしが原因で、それを可能とする体幹と下半身の筋力不足によるものじゃないのかなぁと思う……」
ここで超太郎が、口論を切り上げ、話に入ってくる。
「朝日の言う通りや。せやから不安定なんや。たまにうまい事決まる時は良い球行くけど、基本的に悪い形で悪い球投げとる」
「その理由は恐らく、身体がついてこれてなくて、大輝くんが思ってる以上に立ち投げになっているからだと思う」
超太郎の説明に補足を加える月乃。
勇也が言う。
「けど、月乃ちゃんはこのフォーム、理にかなってると思っている訳だろ? 秋大までに、どうするのが正解だと思う?」
「うーん……」
月乃は考える。
考えて考えて考え抜いて出した結論は……。
「正直……秋までに、そのフォームが安定して投げられるようになるほどの筋力アップは、難しいと思う……一冬乗り越えてようやく……という見込みの方が正しいと、私は思う」
「せやろ? ほら見てみぃ! ワイの言うた通りや!」
ドヤ顔の超太郎。
そして、ぐぬぬ顔の勇也。
しかし月乃は続ける。
「だけど……前のフォームに戻すのも、ダメだと思う。確かに安定感は増すだろうけど、神童達を抑えられるとは思えないから……」
「ふむ……まぁ、それはそうやな……」
「じゃあ、どうすんのさ?」
月乃のこの意見に、超太郎が納得し、勇也は首を捻る。
すると月乃が……更なる答えを捻り出した。
「変えると戻す……その間を取ろう」
「「間ぁ?」」
「うん……元に戻すんじゃなくて、今のフォームを改良するの。そうすれば、今のフォーム程じゃないけど、大輝くんの力をより発揮出来るし、元フォームみたいに全てが台無しにならない。大丈夫! 私がメニュー調整とか、全部面倒見るから! 任して!」
胸を張る月乃。
大輝達は笑った「おう……なら、任せたぞ」と。
「うん! 任せて!」
「そーゆう事なら、まぁ安心やろ。さて、となると次は……アイツやな」
超太郎の発言と共に、部員達の視線が、忍に集まった。
そして超太郎が言う。
「このど素人はワイに任せろ。ガッツリしごいたるから」
超太郎が、そう言ったのだ。
忍が嬉しそうに、笑顔で「はいっ!」と答えた。
「んじゃまぁ……話もまとまった事だし――」と、大輝が立ち上がる。
「秋大まで時間がねぇ事だし――行こうか! 練習に!」
「「おうっ!!」」仁栄学園高校メンバー達が、大きく返事をした。
今はまだ夏――しかし、時の流れは待ってはくれない。
秋は、すぐそこだ。
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