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「は?電車が全部止まってんの?」
都内で起きた停電のせいで、山手線をはじめとする電車が止まったとの情報をネットで知り、俺は愕然とした。
慣れない都内への出張も最終日。ようやくあと数時間には新幹線に乗って帰宅できると安堵し、明日は休みだからゆっくり寝るぞ!と計画していたというのに…
「あーしかも、復旧には半日以上かかるって。ここから東京駅に戻る手段ないですね。困りましたねぇ」
隣でスマホを見ながら、高市が困ってもないくせにそんなことを言う。
「最悪、どっかのホテルでもう一泊すればいいですよね!」
……冗談じゃない。
俺はどうにか東京駅に向かえないか、スマホで検索した。
高市は俺と同じ部署の後輩だ。
他の部署からきた高市はすぐ懐いてきていたのだが、しばらくして高市の様子がおかしい、と俺はうすうす感じていた。
高市が俺に『好きだ』と言ってきたのは、半年前の飲み会の帰り道。俺は驚きつつも、否定も肯定もしなかった。
すると高市は肯定に取ったのか、それからちょっかいを出してくるようになったのだ。
給湯室で、尻を触ってきたり、出張時に新幹線の中で手を繋いできたり。
そして昨夜、総務の手違いでツインに泊まったのだが(高市が総務の山下さんを使って、予約させたんだと俺はにらんでいる)高市は俺のベッドまで迫ってきたのだ!
「園田さん…」
「あ、アホっ!何してんだ!」
どうにかこうにか、ことなきを得て、未遂に終わったというのに。今日も泊まるようなことになったら、高市はもう止まらない。
「どーしましょっかね、園田さん」
「どうにか帰れるような路線をお前も探せよ!」
ヘイヘイ、と笑いながら、高市はスマホに視線を戻した。高市にはもうバレているのかもしれない。
泊まったら、止めれないのは高市だけじゃないってこと。俺も自分を止められる自信がないのだ。
「あ、山手線運行開始ですって」
「マジか」
「…どうします?園田さん」
***
どうしてこうなったか、分からない。
「園田さん、本当に泊まっていいんですか」
都内に出勤してさあ帰ろうとしたら、まさかの電車が止まってしまい身動きが取れなくなった。今日もコイツと泊まったら絶対、やばい。そう思っていた矢先に、運転再開のアナウンスが。
頑張って移動すれば、まだ新幹線の時間に間に合ったはずだ。そうすれば家でゆっくり寝れる。なのに、俺が選んだのはもう一泊するほうだった。
いや、明日は休みだし、焦って帰らなくてもいいと思っただけだ!明日ゆっくり起きて都内をぶらついて帰ろうとしているだけだ!ツインにしたのも、部屋がなかったからだ!
「ほ、本当にいいって。別に寝て起きるだけだし」
高市の言葉に反論するが声がうわずってしまった。部屋に入りジャケットを放り投げて、高市が近寄ってきた。
「そうじゃないでしょ、僕に触れて欲しいんでしょ」
そう言いながら手が伸びてきて、俺の耳たぶに触れてきた。思ったより冷たい指に、ゾクっとした。
「じゃないとツインなんて、取らないですよね」
高市の顔が近づいてきて、耳たぶを弄んでいた手が下に伸びて俺の股間に……
「わああああ!」
ガバッと起きあがって、思わず目を凝らした。空調の音が聞こえる室内。そして隣からはスースーと高市の寝息が聞こえた。
俺はため息をついて頭を抱える。
ゆ、夢か…
ホテルに着いて、ビールを飲んで。少ししたらお互いあくびの連発で。どちらが言うともなく、すぐ寝たんだっけ。高市が俺の股間を弄ることもなく…って、何考えてんだ俺!
「ん…園田さん?」
高市の声に、俺は驚く。ぼんやりとしか見えない布団の塊から、寝ぼけたような声がした。
「どーしたんですか?寝れないんですか」
「…いや変な夢見て」
「あー、怖い夢?じゃあ」
ベッドをポンポンと叩くような音がした。
「こっちにきたらどうですか…ふぁぁ」
なんでこうなったのか、分からない。
後輩に抱き枕のようにされて、一緒のベッドで寝るなんて。高市は俺をベッドに迎えるとまた、寝てしまった。
「マジか」
俺は、なんでそんなことを呟いたのか。
自分でも分からない。
***
初めて会った時から、運命だと思った。
こんな理想の人と一緒に仕事が出来るなんて、と神様に感謝した。飲み会の帰り道、好きだと告白しても先輩は何も言わなかった。いや、何も言えなかったんだって分かっている。だけど僕は知らないふりをして、その後も先輩にちょっかいを出していた。
そして二人での出張。総務の子に、東京限定のスイーツを買ってくるから、と忖度してもぎ取ったツインの部屋。はっきり言って出張の仕事内容なんて頭に入らなかった。
泊まったその日、先輩に迫ってみたものの、やっぱり逃げられて。まあそうだろうな、ノンケだって分かっているもん。でももしかしたら、って思ってしまったのは、告白しても、先輩は変わりなく僕に接してくれたから。ああ好きだなあ、って思ったんだ。
だから、電車が止まって帰るのが難しくなった時、僕はもう一度神様が振り向いてくれたんだと感謝した。でもすぐに絶望したのは、案外早く電車が動き出してしまったから。きっと先輩は昨日のことを警戒して帰るに決まっている。
そう思っていたのに…まさかの先輩の選択は、もう一泊するって。しかも部屋がないからツインだとか。
そういうつもりなんだろう。
僕は半分パニックになりながらも、部屋で先輩とビールを飲んだ。ええいどうにでもなれ、と思ってたら力が抜けた。二人で飲むビールは美味しくて、楽しくて、僕はそのまま寝てしまった。
そして今。夜中に目が覚めたという先輩に、こっちにきたら?なんて冗談で言ったのに、なぜか先輩はベッドに入ってきて、僕の腕の中にいる。向かい合ったような形で、僕に体を委ねているんだ。そんな状態でもう一度寝る、なんて無理に決まってるだろ!
先輩も、寝ていない。何度もゴソゴソと動いているから。目をつぶったまま僕は先輩の体温を感じていた。
あああ、生殺しってこういうことを言うんだろうな。このまま僕は生殺しされちゃうんだろうか。って、そんな訳ないだろ!
僕はグッと先輩の体を引き寄せた。
「うわっ」
先輩は驚いて、声を出す。僕が目を開けると、目の前に先輩の顔。本当に、目の前すぎて…こんなの我慢できない!
僕は何も言わず、キスをした。むにゅ、っとする唇の感触とちょっとだけチクっとした感触は、髭かなあ。
「んん〜〜っ」
逃すまいと腰に当てた腕に力を入れてそのまま長いキスをすると、だんだんと先輩の体の力が抜けていくのを感じた。ようやく唇を離すと、先輩は真っ赤な顔をしている。
「園田さんが悪いんですからね」
僕が好きなのを知っていて、一緒に泊まるなんて。しかもこっちのベッドに入ってくるなんて。
腰を持っていた腕をお尻まで伸ばして少し触れると、園田さんは小さく『やめろ』なんて言ってきたけど。じゃあ、僕の内股に当たっている園田さんの硬いものは、何?
「もう逃げないでくださいね」
***
「高市くーん、どうだった?出張」
約束通りの東京限定のスイーツと、僕のチョイスしたお土産を渡すと、総務の山下さんはホクホク顔でそう聞いてきた。
「ん、大成功」
僕がピースして見せると、山下さんは大笑いする。山下さんは僕の恋の相談者だから、何もかも知っているんだ。
「マジで〜?どおりで園田主任、さっきからチラチラとこっち見ているわけね。こっわ」
園田さんは気が気じゃないのだろう。俺が女の子と話しているから、きっと嫉妬しているんだろうな、なんちゃって。
「彼氏が妬いちゃう前に、行っちまいな」
これはネタにさせてもらうわよ、と山下さんは付け加えた。どうやら彼女はいわゆる『腐女子』ってやつらしい。
僕が園田さんの方を向くと、目があって露骨に園田さんは目を逸らす。
あーあ、もうほんとに可愛いんだから。
【了】
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