出張のふたり

1/1
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「は?電車が全部止まってんの?」 都内で起きた停電のせいで、山手線をはじめとする電車が止まったとの情報をネットで知り、俺は愕然とした。 慣れない都内への出張も最終日。ようやくあと数時間には新幹線に乗って帰宅できると安堵し、明日は休みだからゆっくり寝るぞ!と計画していたというのに… 「あーしかも、復旧には半日以上かかるって。ここから東京駅に戻る手段ないですね。困りましたねぇ」 隣でスマホを見ながら、高市が困ってもないくせにそんなことを言う。 「最悪、どっかのホテルでもう一泊すればいいですよね!」 ……冗談じゃない。 俺はどうにか東京駅に向かえないか、スマホで検索した。 高市は俺と同じ部署の後輩だ。 他の部署からきた高市はすぐ懐いてきていたのだが、しばらくして高市の様子がおかしい、と俺はうすうす感じていた。 高市が俺に『好きだ』と言ってきたのは、半年前の飲み会の帰り道。俺は驚きつつも、否定も肯定もしなかった。 すると高市は肯定に取ったのか、それからちょっかいを出してくるようになったのだ。 給湯室で、尻を触ってきたり、出張時に新幹線の中で手を繋いできたり。 そして昨夜、総務の手違いでツインに泊まったのだが(高市が総務の山下さんを使って、予約させたんだと俺はにらんでいる)高市は俺のベッドまで迫ってきたのだ! 「園田さん…」 「あ、アホっ!何してんだ!」 どうにかこうにか、ことなきを得て、未遂に終わったというのに。今日も泊まるようなことになったら、高市はもう止まらない。 「どーしましょっかね、園田さん」 「どうにか帰れるような路線をお前も探せよ!」 ヘイヘイ、と笑いながら、高市はスマホに視線を戻した。高市にはもうバレているのかもしれない。 泊まったら、止めれないのは高市だけじゃないってこと。俺も自分を止められる自信がないのだ。 「あ、山手線運行開始ですって」 「マジか」 「…どうします?園田さん」 *** どうしてこうなったか、分からない。 「園田さん、本当に泊まっていいんですか」 都内に出勤してさあ帰ろうとしたら、まさかの電車が止まってしまい身動きが取れなくなった。今日もコイツと泊まったら絶対、やばい。そう思っていた矢先に、運転再開のアナウンスが。 頑張って移動すれば、まだ新幹線の時間に間に合ったはずだ。そうすれば家でゆっくり寝れる。なのに、俺が選んだのはもう一泊するほうだった。 いや、明日は休みだし、焦って帰らなくてもいいと思っただけだ!明日ゆっくり起きて都内をぶらついて帰ろうとしているだけだ!ツインにしたのも、部屋がなかったからだ! 「ほ、本当にいいって。別に寝て起きるだけだし」 高市の言葉に反論するが声がうわずってしまった。部屋に入りジャケットを放り投げて、高市が近寄ってきた。 「そうじゃないでしょ、僕に触れて欲しいんでしょ」 そう言いながら手が伸びてきて、俺の耳たぶに触れてきた。思ったより冷たい指に、ゾクっとした。 「じゃないとツインなんて、取らないですよね」 高市の顔が近づいてきて、耳たぶを弄んでいた手が下に伸びて俺の股間に…… 「わああああ!」 ガバッと起きあがって、思わず目を凝らした。空調の音が聞こえる室内。そして隣からはスースーと高市の寝息が聞こえた。 俺はため息をついて頭を抱える。 ゆ、夢か… ホテルに着いて、ビールを飲んで。少ししたらお互いあくびの連発で。どちらが言うともなく、すぐ寝たんだっけ。高市が俺の股間を弄ることもなく…って、何考えてんだ俺! 「ん…園田さん?」 高市の声に、俺は驚く。ぼんやりとしか見えない布団の塊から、寝ぼけたような声がした。 「どーしたんですか?寝れないんですか」 「…いや変な夢見て」 「あー、怖い夢?じゃあ」 ベッドをポンポンと叩くような音がした。 「こっちにきたらどうですか…ふぁぁ」 なんでこうなったのか、分からない。 後輩に抱き枕のようにされて、一緒のベッドで寝るなんて。高市は俺をベッドに迎えるとまた、寝てしまった。 「マジか」 俺は、なんでそんなことを呟いたのか。 自分でも分からない。 *** 初めて会った時から、運命だと思った。 こんな理想の人と一緒に仕事が出来るなんて、と神様に感謝した。飲み会の帰り道、好きだと告白しても先輩は何も言わなかった。いや、何も言えなかったんだって分かっている。だけど僕は知らないふりをして、その後も先輩にちょっかいを出していた。 そして二人での出張。総務の子に、東京限定のスイーツを買ってくるから、と忖度してもぎ取ったツインの部屋。はっきり言って出張の仕事内容なんて頭に入らなかった。 泊まったその日、先輩に迫ってみたものの、やっぱり逃げられて。まあそうだろうな、ノンケだって分かっているもん。でももしかしたら、って思ってしまったのは、告白しても、先輩は変わりなく僕に接してくれたから。ああ好きだなあ、って思ったんだ。 だから、電車が止まって帰るのが難しくなった時、僕はもう一度神様が振り向いてくれたんだと感謝した。でもすぐに絶望したのは、案外早く電車が動き出してしまったから。きっと先輩は昨日のことを警戒して帰るに決まっている。 そう思っていたのに…まさかの先輩の選択は、もう一泊するって。しかも部屋がないからツインだとか。 そういうつもりなんだろう。 僕は半分パニックになりながらも、部屋で先輩とビールを飲んだ。ええいどうにでもなれ、と思ってたら力が抜けた。二人で飲むビールは美味しくて、楽しくて、僕はそのまま寝てしまった。 そして今。夜中に目が覚めたという先輩に、こっちにきたら?なんて冗談で言ったのに、なぜか先輩はベッドに入ってきて、僕の腕の中にいる。向かい合ったような形で、僕に体を委ねているんだ。そんな状態でもう一度寝る、なんて無理に決まってるだろ! 先輩も、寝ていない。何度もゴソゴソと動いているから。目をつぶったまま僕は先輩の体温を感じていた。 あああ、生殺しってこういうことを言うんだろうな。このまま僕は生殺しされちゃうんだろうか。って、そんな訳ないだろ! 僕はグッと先輩の体を引き寄せた。 「うわっ」 先輩は驚いて、声を出す。僕が目を開けると、目の前に先輩の顔。本当に、目の前すぎて…こんなの我慢できない! 僕は何も言わず、キスをした。むにゅ、っとする唇の感触とちょっとだけチクっとした感触は、髭かなあ。 「んん〜〜っ」 逃すまいと腰に当てた腕に力を入れてそのまま長いキスをすると、だんだんと先輩の体の力が抜けていくのを感じた。ようやく唇を離すと、先輩は真っ赤な顔をしている。 「園田さんが悪いんですからね」 僕が好きなのを知っていて、一緒に泊まるなんて。しかもこっちのベッドに入ってくるなんて。 腰を持っていた腕をお尻まで伸ばして少し触れると、園田さんは小さく『やめろ』なんて言ってきたけど。じゃあ、僕の内股に当たっている園田さんの硬いものは、何? 「もう逃げないでくださいね」 *** 「高市くーん、どうだった?出張」 約束通りの東京限定のスイーツと、僕のチョイスしたお土産を渡すと、総務の山下さんはホクホク顔でそう聞いてきた。 「ん、大成功」 僕がピースして見せると、山下さんは大笑いする。山下さんは僕の恋の相談者だから、何もかも知っているんだ。 「マジで〜?どおりで園田主任、さっきからチラチラとこっち見ているわけね。こっわ」 園田さんは気が気じゃないのだろう。俺が女の子と話しているから、きっと嫉妬しているんだろうな、なんちゃって。 「彼氏が妬いちゃう前に、行っちまいな」 これはネタにさせてもらうわよ、と山下さんは付け加えた。どうやら彼女はいわゆる『腐女子』ってやつらしい。 僕が園田さんの方を向くと、目があって露骨に園田さんは目を逸らす。 あーあ、もうほんとに可愛いんだから。 【了】
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!