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第60話 獣として生きろ
ロークは構えていた拳を下ろし、地面にうつ伏せに倒れた亮を見下ろす。彼のその姿が過去の記憶と重なった。
歓声の飛び交うルンピニースタジアムのリング。ビール会社のロゴマークが大きくプリントされた黒いマットの上にロークの相手選手がうつ伏せに倒れている。ロークのこめかみへのフックで倒されたのである。黒ずくめの服装のレフェリーがそこに駆け寄ってカウントを始めた。
「ワン、ツー、スリー……」
そこでカウントを止めて両腕を交差させる。そしてロークの右腕を掴んで高く掲げた。ロークはスタジアムの天井のライトを見上げてため息をついた。
——またダメか……。
真昼の太陽のように眩いライトの光。まるで白昼夢のようにぼんやりとした意識の中にゴングのカンカンカンと打ち鳴らされる音とわあッと大きくなる歓声があまりにも寒々しく響く。ミドル級チャンピオンとしての何度目の防衛戦だったろうか。よく覚えていない。というより、もうどうでもよくなっていた。
心にぼっかりと大きな穴があった。チャンピオンの座に就けばその穴は埋まると信じていた。が、努力の末にその目標を達成してもその穴は埋まらなかった。次の防衛戦に勝てば、もっと強い相手を倒せば……。そう信じてリングで戦い続けたが、心の穴は一向に埋まることはなかった。
——もしかして俺はただ……。
自分の心が本当に求めているものには薄々と勘付いていた。が、それを直視することはできなかった。その感情はあまりにも惨めで情けなく、そんなものが自分の内側に存在していることを認めたくなかったのである。
——だから……。
ロークはうつ伏せに倒れている亮の髪の毛を掴んで顔を上げさせる。薄く開いた瞼から覗く目は焦点が定まっていない。まだ意識を取り戻していないようである。
「おいおい、こんなんで終わるんじゃねえぞ。この戦いにノックアウトなんてないからな。どちらかの命が没するまでだ」
そう言ってから亮の顔面を土の壁にぐしゃりと叩きつけた。亮は顔を壁につけたままズルズルとずり落ちていき、地面に達したところでピクリと痙攣する。
——獣として生きるしかなかった……。
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