第63話 共鳴

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第63話 共鳴

 亮はロークの顔面に向かって振り下ろした拳をピタリと寸止めした。そして跨っていた彼の体から下りて真っ暗な天井を仰いだ。  目を閉じて唇をきゅッと噛み締めたロークの表情が自分と重なって見えてしまった。自分でもその理由はわからなかった。世界最強の称号を手にしているロークと自分とではその境遇に天と地ほどの違いがある。それがどうして……。 「どういうつもりだ」  ロークが立ちあがりながら訊いた。 「どうしてとどめを刺さなかった。言ったはずだ。この戦いはどちらかが死ぬまでだ、と」  亮は少し考えてからもっともらしい適当な言葉を返すことにした。 「あんな終わらせ方は俺の趣味じゃねえからな。最後はスタンドの殴り合いで決着をつけようぜ」 「けッ、くだらねえ。せっかくの勝機を無駄にしたな」  二人は再び拳を構え合う。その戦いを見守るかのように二人の向かい合う奥に山積みの千両箱がなにももの言わずに鎮座している。  やがて豪腕が唸りをあげた。二つの拳が交差してお互いの顔面を弾いた。亮の膝がガクッと折れる。その状態でロークにボディーブローを放った。それと同時にまたロークから顔面にパンチをもらっていた。  蓄積されたダメージのせいで徐々に焦点が合わなくなり、目の前に対峙するロークが二重に見えるようになってしまった。が、ダメージが大きいのはロークも同じのようである。彼の構えからは徐々にムエタイらしさが抜けていき、まるで子供の喧嘩のようにただ我武者羅に拳を振り上げてくる。鼻頭をガツンと殴られた。  ——痛い……。  それは肉体的というよりも精神的な痛みだった。ロークの奥底にある感情が拳を媒介として亮の心を震わせていた。  二重に見えていたロークの姿が束の間ひとつに戻った。そこでまた重なった。そこにあったのは母親に捨てられ、雨に打たれてひとり泣いていた少年の頃の亮の姿だった。  ——まさかこいつも……。  そう感じた矢先にまた顔面を殴られた。感傷に浸っている場合ではなかった。 「ふううう……」  大きく息を吐き出すと、闘争本能の火が再びぶわッと大きくなり、それは瞬く間に亮の全身を包み込んでいった。  ——こいつを殺せ。そして誰が本当の世界最強か教えてやれ……。  その衝動に突き動かされるようにして拳を振り上げた。 「ぬああああッ!」  ロークもそれに応えるようにして拳を振り上げる。 「ずあああッ!」  仄暗い井戸の底に二人の慟哭のような雄叫びが響き渡る。その波動は共鳴し、悲哀を帯びたうねりと化しながら暗闇の中に消えていった。
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