Strawberry Drops

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 いつもより早く出てきたから、少しは空いているかと期待していたのに。山手線はやっぱり混んでいた。人混みの隙間に意識をぼんやりと漂わせていたら、渋谷駅のホームから入ってきた通勤客に、工業製品か何かのように無造作にプレスされ、車両の奥へと押し込められる。  なんとか踏みとどまったスペースで、池の魚がぽかりと口を開くように、顔をあげてひと息つくと、サラリーマンのうなじが目の前にあった。シュウさんと歳がおなじくらいに見えたから、一瞬それを凝視してみる。けれどやっぱりなんの感情も湧き上がらなかった。人にみえないように小さく苦笑して、視線を下に向ける。  シュウさんのうなじは綺麗だった。どんな人混みの中でも私は、彼のうなじを見つけ出しただろう。また思い出してしまう。もうすぐ原宿駅。いつもこのあたりで、記憶のしっぽがぴょんと飛び出してくるから、つい掴んでどこまでも手繰り寄せてしまう。  色が抜けた髪の毛から覗くうなじは、男性としては色っぽかったと思う。噛んでみたらどんな味がするんだろう。そんなヨコシマな感情が、私のなかに潜んでいることを教えてくれたのはシュウさんだ。  シュウさんに少しでも触れたくて。でも流石にうなじに触ることはできないから、ふざけた振りをして、彼のジーンズの後ろポケットに、飴をこっそり入れた。気づかれない時もあったし、すぐ気づかれてしまう時もあった。 どちらにしても飴を見つけて楽しそうに微笑む、彼の笑顔が好きだった。私のヨコシマな感情が少しだけ、昇華されるような気がしたから。  
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