Strawberry Drops

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 シュウさんが飴に気づかないままの時も、もちろんあった。奥さんに見つかって小さな諍いでも起きればいいのに。ふとそんな悪魔的な考えがよぎることもあった。  けれど飴が後ろポケットに入っていたくらいで、喧嘩が起きるはずがない。だからといってピアスみたいな小物を彼のポケットに残す気には到底なれなかった。  波風をたてたりしない、ささやかな痕跡を残したかっただけ。私より遥かにオトナで、奥さんもいるシュウさんと、どうにかなろうなんて思ってはいなかったし、なれるとも思っていなかった。  だけど最後に会ったあの時だけ。あのいちごの香りがする唇が、ほんのすこしだけふたりの関係を化学変化させてしまったのかもしれない。 ――――はらじゅく、はらじゅく  電車のドアが開くと同時に、怒涛のように流れてきた駅名のコールとメロディ音に物思いが一旦断ち切られた。電車から一気にプラットフォームに吐き出される人の波をみつめながら、シュウさんの背中を探している自分に気づく。どこを探してもいるはずがないのに。  ゆっくりと目の前で閉まっていくドア。また電車は何事も無かったみたいに動き出す。けれど私の意識だけはドアの外側へ、シュウさんといた時間へと勝手に走り出していく。  
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