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2.再会
それから三年が経ち――
うららかな陽差しのもと、うぐいすのさえずりの聞こえる、帝都の春。
他の多くの邸がそうであるように、帝都の名門、相良家の朝もまた、早かった。
山の端の空がうっすらと赤く色づく、早暁。
にわとりが鳴き始めるよりも早く、庭には水仕事の音が響き、厨房からは煮炊きの煙が立ちのぼる。
しかしその日、相良家の様子はいつもとは少し異なっていた。
それもそのはず、今日の夕刻、邸では大きな祝賀会が催される。
そのため、女中達は皆、総出で準備の大詰めにかかっていた。
「舞衣、こっちよ! 早く水を持ってきてちょうだい!」
「はい、今すぐ持っていきます!」
「ああもう、全然手が足りないよ。舞衣はいないの!? 早くこっちに来て手伝ってちょうだいっ」
「舞衣、下ごしらえはどうしたのよ。さっきあんたに頼んでおいたよね?」
「はい、トミさん。外のたらいの中に入れてありますから、使ってください!」
「もうできてるんじゃないの、報告してくれなきゃわかんないわよ!」
「すみません! 今度から気をつけますから!」
厨房では、大勢の女中達が皆忙しく立ち働いていた。
その中でも、舞衣は右手に水おけを持ち、左手には米を入れたたらいを抱え……と、ひっきりなしに女中達の間を駆け回っていた。
(ええと、次はキクさんに頼まれたお米をといで。その次は門の前の掃除を……)
「……い、舞衣、ちょっと!」
「あ、はい! ……わっ!」
あわてて顔を上げれば、ほんの目の前に庭木がせまっていた。
声をかけてもらえなければ、そのままぶつかって、おけの水やたらいの米を全部地面に落としてしまっていただろう。
「危ないわよ。ちゃんと前見て歩かないと」
「あ……和沙ちゃん。ありがとう」
「ま、その大荷物を見るに、また仕事を押しつけられてるんでしょうけど。そのおけ、こっちにちょうだい。誰に持っていけばいい?」
舞衣が返事をするよりも早く、半ばひったくるようにしておけを抱え持ったのは、勝ち気そうな顔つきをした背の高い娘だった。
笹本和沙。
彼女は二年前からこの邸での奉公を始めた女中だった。
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