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「舞衣……?」
「…………優しく、しないでください」
ぼろぼろと涙があふれる。
歪んだ視界の向こうで、泉里が戸惑った顔をしている。
……それでも。
これ以上の優しさは、舞衣にとって、残酷な毒だった。
「……つらいんです」
それが、正直な心情だった。
泉里を困らせることになるとわかっている。
けれどそれでも、もう限界だった。
「わかってます……わかってるんです。泉里さまにふさわしいのは、わたしなんかじゃない……身分が高くて、賢くて、綺麗な人なんだって。そうやって、もう何度も……何度も、あきらめようとしたのに」
つらい、痛い、苦しい……もう、嫌だ。
こんなのはきっと、赤子の駄々と似たようなものだ。
そう思っても、どうしても言葉を止めることができない。
「優しくされるたびに、勘違いしそうになって……でも、泉里さまはわたしのことなんて何とも思っていないから、勘違いしてはいけないんだって、そう思うのが……つらくて、悲しくて……! 嫌なんです……、優しくされて、これ以上あなたを……好きになってしまうのが……! だから、だから……もうっ――」
声はそれ以上、続かなかった。
せっかく押しのけたのに、一瞬にしてまた抱き寄せられる。
想いも、吐息も、舞衣が吐き出しそうとした何もかもすべてが、とっさに重ねられた唇によってのみ込まれてしまったから。
「―――……!」
何が起きたのか、わからない。
理解が――追いつかない。
けれど唇から与えられるしびれるような熱は、まぎれもなく本物だった。
名残惜しそうに離れていった唇が、今度は舞衣の頬に触れていく。
次から次へと伝う涙をぬぐおうとするかのように。
「どう……して……?」
舞衣は呆然として泉里を見上げた。
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