6.縁談

18/20
前へ
/105ページ
次へ
「舞衣……?」 「…………優しく、しないでください」  ぼろぼろと涙があふれる。  (ゆが)んだ視界の向こうで、泉里が戸惑った顔をしている。  ……それでも。  これ以上の優しさは、舞衣にとって、残酷な毒だった。 「……つらいんです」  それが、正直な心情だった。  泉里を困らせることになるとわかっている。  けれどそれでも、もう限界だった。 「わかってます……わかってるんです。泉里さまにふさわしいのは、わたしなんかじゃない……身分が高くて、(かしこ)くて、綺麗な人なんだって。そうやって、もう何度も……何度も、あきらめようとしたのに」  つらい、痛い、苦しい……もう、嫌だ。  こんなのはきっと、赤子の駄々(だだ)と似たようなものだ。  そう思っても、どうしても言葉を止めることができない。 「優しくされるたびに、勘違いしそうになって……でも、泉里さまはわたしのことなんて何とも思っていないから、勘違いしてはいけないんだって、そう思うのが……つらくて、悲しくて……! 嫌なんです……、優しくされて、これ以上あなたを……好きになってしまうのが……! だから、だから……もうっ――」  声はそれ以上、続かなかった。  せっかく押しのけたのに、一瞬にしてまた抱き寄せられる。  想いも、吐息も、舞衣が吐き出しそうとした何もかもすべてが、とっさに重ねられた唇によってのみ込まれてしまったから。 「―――……!」  何が起きたのか、わからない。  理解が――追いつかない。  けれど唇から与えられるしびれるような熱は、まぎれもなく本物だった。  名残(なごり)()しそうに離れていった唇が、今度は舞衣の頬に触れていく。  次から次へと伝う涙をぬぐおうとするかのように。 「どう……して……?」  舞衣は呆然として泉里を見上げた。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

632人が本棚に入れています
本棚に追加