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白無垢の裾を持ち、舞衣は邸の玄関を出た。
玄関の外には、新郎新婦の姿を一目見ようと、すでに多くの親類や関係者が集まっていた。
「――舞衣」
声をかけられて振り向けば、そこには黒の羽織袴をまとった泉里が待っていた。
泉里はしばらく、言葉もなく舞衣を見つめていたけれど、やがて少しだけ視線をそらして目の下を朱に染める。
「すまない。……こういう時は、どうすればいいんだ?」
「え……?」
「……その。春の妖精、とか……愛と、美の女神とか。……そういうことを、言えばいいのか?」
歯切れ悪くつっかえながら話す泉里に、つい笑みがこぼれる。
(舞踏会の時、梨花さまが言っていたこと……覚えていらっしゃったんだ)
首を横に振って、舞衣は答えた。
「いえ、そこまで言われてしまうと、ええと……少し、恥ずかしいです。あの、泉里さまも、すごく似合っていて……かっこ、いいです……」
最後の方はどうしても照れて、声が尻すぼみになってしまった。
頬紅なんかいらないくらい、林檎みたいに頬が赤くなるのがわかる。
近くでそれを見ていた柊哉が、苦笑いをしながら話しかけてきた。
「二人とも。ここでいちゃつくのは構いませんけど、もう門の外で馬車が待っていますから、式に遅れない程度にしてくださいよ」
「し、柊哉。これはいちゃついているとか、そういうことでは……」
瞬く間に周囲に沸き起こる笑い声に、ますます赤くなって狼狽えてしまう。
舞衣は泉里の瞳を見つめた。
泉里もまた、愛おしそうに、舞衣を見つめ返してくれる。
(わたしは……この方とずっと、これから先の未来を歩いていく)
「――行こうか」
「はい」
うなずいて、舞衣はゆっくりと歩き出した。
――そんな二人の門出を祝うように。
雲一つなく澄んだ青空には、ひらり、ひらりと桜の花びらが舞っていた。
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