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和沙に手を引っ張られてたどりついたのは、相良家の庭園の一角だった。
英国文化好きの当主・相良清充の意向もあって、庭の大半は英国式に造られていた。
薄桃色の花に彩られた石畳の小道があり、その先には、薔薇の花に囲まれた愛らしい東屋が見える。
陽差しを浴びて咲きほこる色あざやかな花達が、思わずため息をついてしまうほどに美しかった。
「よし、誰もいないわね。あのあたりなら見つかりにくいし、玄関にいる泉里さま達が見られるはずよ」
和沙に誘われるがまま、舞衣が座り込んだのは生け垣の陰だった。
確かにここなら、人目につくことはないだろうけど――。
舞衣はおずおずと遠慮がちにしゃがみ込む。
仕事をさぼった後ろめたさもあったけれど、それ以上に、急に緊張してきたからだ。
ずっと、ずっと会いたかった人が、今はもう、すぐ近くにいる――。
すると、ためらいがちな舞衣をもどかしげに見ていた和沙が、ぐいっと背を押してきた。
「ほら、何引っ込んでるのよ。見て、あそこよ」
「あ――」
その瞬間。
それまでのためらいも緊張も、何もかも消えてしまった。
「ああ、久しいな泉里。しばらく見ないうちに、立派になったものだ」
「ありがとうございます。父上こそ、お元気そうでよかった」
声が、聞こえた。
聞き間違うわけがない。
その声は。
(……泉里さま)
生け垣のすきまから、明るい陽差しが注ぐ。
そのあたたかくてまぶしい光の先に。
舞衣がこがれてやまなかった人は、確かにそこに立っていた。
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