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足を踏み入れたそこは、壮麗で落ち着きのある洋間になっていた。
当主の英国趣味が取り入れられているため、天井にはシャンデリアが飾られ、日光を反射してきらきらと輝いている。
磨きぬかれたガラス窓からは、英国風の見事な庭園を眺めることができた。
仕事中でなければ、立ち尽くして呆けてしまいそうになるほど、美しい部屋だ。
相良家の方々は、彫刻のほどこされた丸テーブルを囲み、談笑している最中だった。
笑い声の中に泉里の声を聞き取った途端、顔にさらに熱がのぼるのを感じる。
(……集中、しなきゃ)
自分に必死に言い聞かせながら、舞衣はその場で一礼した。
部屋のすみにある卓のところまで歩いていき、その上にお盆を置く。
花模様のあしらわれた受け皿の上にティーカップをのせ、まずは、当主である相良清充のもとへ。
「失礼いたします」
「ああ、ありがとう。……それで、泉里。その後、教授は何と言ったんだ?」
「はい。そういうわけだから、日本の文化というものは興味深いものだとおっしゃっていましたよ。それから――」
泉里の声を背後に聞きながら、再びお盆をのせた卓のところへ戻る。
(次は……泉里さまのところだわ)
どくんどくん、と心臓の音が大きくなる。
お茶を持った舞衣は、一歩、一歩と泉里のもとへ向かおうとして――
「……っ!?」
ふいに、つま先を浮遊感が襲った。
緊張するあまり、足下の注意がおろそかだったのだ。
絨毯の端につまづいて、舞衣の身体がぐらりと傾く。
どうにかその場に踏みとどまろうとするけれど、お茶を持っているために、受け身を取ることもできなかった。
「あっ――!?」
「危ない!」
ばしゃ、とお茶がこぼれる音がした。
(熱いっ……!)
腕に熱いお茶がかかって、しびれるような痛みが走る。
……けれど、それだけだった。
転んだ時の、身体を床に打ちつけるような衝撃はなく。
顔を上げた瞬間、舞衣は驚きのあまりに目を見開いた。
熱湯を浴びた痛みなど、一瞬のうちに意識の外に飛んでいってしまう。
舞衣が転ばなかったのは、途中で泉里に抱きとめられたからだとわかったからだ。
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