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もう遅いとは思うけれど、それでも舞衣は声に出した。
「あの……だめです。もったいないです……せっかくきれいなのに」
「ん? このハンカチーフのことか? なら気にしなくていい。本当だったら包帯があればと思ったんだが、取りに行くのに時間がかかってしまうから……よし、ここで結んで……これでいいだろう。きつくないか」
「だ、大丈夫です。その……本当に、ありがとうございました」
泉里は邸の令息で、舞衣はみすぼらしい女中だ。
なのにここまで連れてきてもらったばかりでなく、治療までさせてしまった。
あまりに居たたまれなくて、舞衣はその場に縮こまってしまう。
けれど、泉里はそんな舞衣の様子に、舞衣が傷の痛みを我慢しているとでも思ったのか。
憂いを帯びていた眼差しで、舞衣の腕の、やけどをした箇所を見つめながら言ってくる。
「すまないな、もっと早く助けられていれば、お前にやけどをさせるようなことにはならなかっただろうに」
「……っ! いいえ! わたしの不注意だったんです。わたしが、もっと気をつけていれば、こんなことには」
そう、言いかけて。
直後、舞衣ははっと思い至った。
熱湯が飛び散ったのは、本当に舞衣の腕だけだろうか。
あの時、舞衣を抱きとめた泉里に、かかってはいなかったか――
(……わたし、どうして気づかなかったの!?)
舞衣はさあっと顔を青ざめさせ、泉里を問いただした。
「泉里さま! お怪我は――」
「大丈夫だ、俺には湯はかかっていなかったから」
「本当、ですか? 本当に……?」
安心したせいで力が抜けて、舞衣はその場にへたり込んだ。
自分が怪我をするのはかまわない。
けれど、もし自分のせいで泉里にやけどをさせてしまっていたら、舞衣は悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
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