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「よかった……本当に。泉里さまに、お怪我がなくて……」
心の底から安堵が込み上げてくる。
ほっとして胸に手を置く舞衣に、泉里は一瞬驚いたように目を見開いていたが、舞衣は気づかない。
「……舞衣」
やがて、泉里は舞衣の手をとる。
(あ……)
ほんの少し、触れられただけ。
それだけで、さらに顔が赤くなるのがはっきりとわかった。
水に長く浸したせいで、舞衣の手は冷え切っていた。そのせいもあってか、泉里の手から伝わる体温が、異様に熱く感じられた。
また頭が真っ白になって、つい、しどろもどろになってしまう。
「あ、あのあの……そのっ……」
「ありがとう、舞衣。心配してくれたのか。お前のそういうところは、ちっとも変わっていないな。自分が大変な時でも、いつも他人を思いやってばかりいる」
そこでようやく、舞衣は気づいた。
(泉里さま、わたしの名前を……)
泉里と前に言葉を交わしたのは、もう三年も前だ。
その間、舞衣はずっと泉里を想い続けていた。
けれど、泉里はきっと、舞衣のことなんて忘れてしまっているのではないか。
そう、思っていたのに。
「わたしのこと……覚えていてくださったんですか?」
それから少しして、舞衣ははっと口を押さえた。
(……っ! わたし、今、声に出して……!)
心の中の声のつもりだった。
なのに口にしてしまっていたことに気づいて、舞衣はうろたえる。
舞衣は、ただの女中にすぎない。
三年前に言葉のやり取りがあったとはいえ、一介の女中が「わたしを覚えていたか」なんて、おこがましい問いではないのか。
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