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3.秘める想い
泉里の帰国から、十日ほどが過ぎた日。
青々とよく晴れた空の下――
舞衣と和沙は裏庭の井戸のまわりで、仕事をしている最中だった。
井戸から桶に水を汲んで、洗濯板を使って衣類を洗っていくのだ。
年配の女中がやってきて、不満げに口をとがらせる。
「舞衣、和沙! もっと早く洗えないの? こっちは手が空いてきてるんだよ」
「はい、すぐ終わらせますー! ――ああもう、むかつく! 手が空いたんだったらこっちを手伝ってくれればよくない? きつい仕事ばっかりこっちに押しつけてくるくせに、文句ばっかり。あーあ、ああいう、腰が重くって、仕事するふりだけの先輩にはなりたくないわねぇ」
和沙は日頃の憎しみを込めるように、ぎゅうと勢いよく洗濯物をしぼった。
歯に衣着せない和沙の物言いに、舞衣も思わず苦笑する。
「和沙ちゃん、聞こえちゃうよ……」
「いいわよ、別に。どうせあっちだって、使えないだの何だの、好き勝手言ってるんだから。本当に使えないのはどっちだって話よ」
……どこの邸でも、きっとあることだと思うけれど。
新入りだったり、気弱や真面目などの頼みを断れない性格をしていたりすると、仕事はどんどん押しつけられることになる。
以前の舞衣は、それでずいぶん苦労を重ねたものだ。
――ずっとひとりぼっちだと思っていた。
ここに来たばかりの頃は、とてもつらかった。
けれど今、舞衣はもう、ひとりではないのだと思える。それは支えてくれる人達のおかげだった。
友として、いつも舞衣に明るく接してくれる和沙に、それから……
とくん、と心臓が跳ねるのを感じて、舞衣はとっさに顔を伏せた。
(いけない……。今は、泉里さまのことは、考えないようにしないと)
最近の舞衣の悩み。
それは、ふとした瞬間に泉里のことを想うたび、心臓の鼓動が速くなり、頬が熱を持ってしまうことだった。
けれど、考えないようにしようと努めれば努めるほど、余計に考えてしまうものだ。
特に、和沙は勘が鋭い。
気づかれないようにしなければ、と舞衣は汚れをこする手を速めたのだが――
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