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「どこが大丈夫なんだ。そんなにつらそうに泣いているのを、大丈夫と言うやつがあるか」
一瞬、だった。
目の前が暗くなる。
何が起こったのかわからなかったけれど、背中に感じる手の温かさに、状況を理解する。
泉里は泣きやめない舞衣を抱き寄せて、舞衣の震える背中を何度もさすってくれていた。
「あ……だ、だめです! わ、わたし……汚れてるから……、泉里さまの、服が」
女中達の服は、相良家の方々とは別にして、まとめて洗濯をすることになっている。
けれど他の女中達は、自分の服を舞衣の服と一緒に洗うことをひどく嫌がった。
『あっちに行きなさいよ、どぶねずみ! あんた、泥くさいのよ』
『ああ嫌だ嫌だ、あんたの服なんかと一緒に洗ったら、あたしの服までどぶくさくなる』
毎日、舞衣は他の女中よりずっと早く起き、遅くまで仕事をしていた。だから自分の服を個別に洗う時間なんて、ほとんど取ることができなかった。
今、舞衣の服は、泥や汗が染みついているに違いない。
このままでは、泉里のきれいな服が汚れてしまうのに。
「そんなこと、気にするな。今は少しでも、お前の気持ちが落ちついてくれる方が大事だ」
「…………」
「一人、すごく一生懸命な子がいるな、と。そう思っていたんだ。いつ見かけても、他の女中達よりもずっと、一日中くるくると働いていて。お前が頑張っているのを見ているだけで、俺も元気をもらえた」
(うそ……)
信じられなかった。
泉里さまが、わたしを見ていてくださった……?
誰も、わたしのことなんて、見ていない。
わたしのことなんて、気づいていないと、そう思っていたのに――。
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