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「他の女中達には、朝早く起きていたお前を見かけたから、出発の準備を手伝ってもらうことにしたと言っておいた。だから、もう少し落ち着くまで、ここにいて大丈夫だ」
「は、い……。あの……、ほんとに、すみませんでした。何から何まで……」
あたりが明るくなり、舞衣がようやく泣き止んできた頃。
泉里はそろそろ皆が起きてきそうなのを見て取ると、泣きはらした目の舞衣を気遣って、自室へと連れてきてくれた。
広々として、立派な部屋だった。
女中が雑魚寝をする畳の部屋と違って、泉里の部屋の床は、温かみのある木の床だ。
光沢のある黒い生地の、ふかふかの長椅子は、ソファ。
部屋の奥にある、四角い大きな卓の上にふとんを乗せたような寝床は、ベッド。
いくつかの段に仕切られた棚に並んだ、数え切れないほどの紙を綴じてまとめたものは、本というらしい。
それらは皆、西洋から海を渡ってきたものなのだという。
どれも、帝都に来るまで、見たことも聞いたこともないようなものばかりだった。
舞衣はこれまでにも何度か、掃除をするのにこの部屋に来たことがある。
けれど今、泉里の部屋はいつもより整然として、ひっそりとしているように見えた。
それも、そのはず――
(泉里さまは今日、留学のために英国へご出立される……)
鎖国がとかれてからというもの、この国では、海の向こうの国々との積極的な交流が推し進められるようになっていた。
西洋のまばゆいばかりの文明や技術を見習い、国を発展させるべく、泉里のような優秀な人々は海を渡って学びに行くのだ。
「舞衣。すまないが、おかしなところはないか見てくれるか? ここまでかっちりした礼装は、久しく着ていなくてな」
「はい……、あっ」
今、泉里が身にまとっているのは、洋装と呼ばれる装いだった。
これもまた、帝都に住むようになってから見かけるようになったものだ。
まじまじと細かく見てみたことはないけれど、そんな舞衣でも、「あれ?」と思ったところがあって、おずおずと口にした。
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