1.初恋

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 それからしばらく経って、落ち着きを取り戻した舞衣は、泉里に深々と頭を下げた。 「泉里さま。今日は本当にありがとうございました」 「俺も、舞衣と話すことができてよかった。またこうやって、お前と話すことができたらいいな。今度はもっと、他愛のないことを」 (え……?)  とくん、と胸が弾んだ。  頭を上げると、泉里は舞衣を見つめて穏やかに笑っている。  今の泉里の言葉に嘘偽りなどないことを、その表情が物語っていた。  鼓動が早まる。  息をするのすら、おぼつかなくなる。 (お伝えして……いいのかしら。わたしも、また泉里さまとお話ししたいって)  ……わたしも。  わたしも、同じ気持ちだと――。   「あ……あの、わたし」    外からひかえめに扉を叩く音がして、女中頭の声が聞こえたのは、その時のことだった。 (あ……) 「泉里さま。お待たせいたしました、食事の準備ができましてございます。ご出立の準備が整っておられましたら、階下へいらっしゃいますよう。旦那さまもお待ちになっておられますので」 「わかった、ありがとう。今行こう」  ご出立。  その言葉を聞いて、そうだった、と舞衣は今さらながらに思い出した。  途端、心の(うち)に初めて抱いた温もりが、急に冷たくなっていくような心地がした。    なぜ、一瞬でも忘れてしまっていたのか。  明日からはもう、泉里はこの邸にいないのだというのに――。
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