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(わたし……何を舞い上がっていたのかしら)
居たたまれなさに、舞衣は顔をうつむかせた。
無意識のうちに、お仕着せの布地をきゅっと握りしめる。
早く、この部屋から出て行かなくてはならない。
これ以上はもう、泉里の邪魔になってはいけないから――。
舞衣はもう一度泉里に一礼し、足早に扉へと向かった。
(きっと、泉里さまとお話しできるのは、これが最後)
顔を伏せたまま、あふれそうになる想いを込めて、お礼を口にする。
「あの、本当に、本当に……ありがとうございました。わたし、今日のこと、ずっと忘れません。では、失礼しま――」
「舞衣!」
はっとして、舞衣は顔を上げた。
一瞬、だった。
その先にあった真摯な眼差しに、舞衣はその場にからめ取られたように動けなくなる。
「……待っていてくれるか」
遅まきながらに、舞衣は泉里に腕をつかまれていることに気がついた。
袖の布を通して、泉里の手の温もりを感じる。
触れられているだけで、その温もりに、どうしようもなく胸がうずいてならなかった。
「俺はこれからの三年を英国で過ごし、この邸に戻ってくることはできない。だが、お前がここで待っていてくれていると思えば、どんなことでも頑張れるような、そんな気がするんだ。だから……お前に、待っていてほしいんだ」
迷いなど、あるはずもなかった。
「……は、い」
舞衣はありったけの心を込め、微笑んだ。
「はい。お待ちしています。わたし、泉里さまのこと、ずっと――」
そうして、舞衣は英国へと発つ泉里を見送った。
舞衣、十四才。
初めて胸に兆した、温かく大切な想いの名を知る時は、まだ遠く――
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