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マニコレ
女子トイレに入ったのは初めてだったが小便器がないだけで男子トイレとそう変わらなかった。当たり前だが便器も全く同じだった。
いつの間にか生徒のスマホは鳴りやんでいたのでひとつづつ個室を調べていく。
スマホは生徒のものと決めつけているが、本来ならば職員の忘れ物の可能性もある。ただマーコがそう断言しているのでやはり生徒のものなのだろう。
監視カメラを把握しているだけならそこまで断定することはできないが、マーコはおそらくスマホの中の情報、持ち主まで把握しているはずだ。
政府は表向きには制限があると言っているが、信用はできない。実際、定期的に通常では漏れるはずのない情報をリークされ捕まる人間も存在している。電子人格による情報監視社会、それは既に暗黙の了解となっていた。
「ここが最後か」
1番奥のトイレの個室にライトを当てると、充電されたまま放置されたスマホを見つけた。
「あっ、これって犯罪なんだ」
まるで今気が付いたようにマーコが言った。しらじらしい。
この放置されたスマホの情報もマーコはすでに知っていたはずだ。スマホがあることだけじゃない、誰のスマホであるのかも。知っていて、それを警備会社の人間である裕也に見つけさせた。それが彼女の仕事なのだ。名目上、電子人格による監視社会などと言うものは許されるはずはないのだから。
「電気泥棒。市民ポイントマイナス10に相当するんだって」
「市民ポイントって何のポイントだ? 」
ここは中国じゃないんだぞ? 日本はとっくに中国に乗っ取られているとでもいうのか?
「あれ? でもこのスマホ、セキリティが・・・」
わざとらしく話していた彼女の顔が初めて曇る。
最もそれも演技かもしれないが・・・
「ねぇ、スマホを開いて。着信があったってことはそこに電話はすれば持ち主の情報が得られるかも」
「そんなことやっていいのかよ?」
スマホにロックがかけられていなければ履歴からかけ直すことは可能だが、それでは勝手にスマホを操作したことになってしまう。
スマホというのはつまり個人情報の固まりだ。勝手に操作されて怒る人もいるだろう。訴えられたら犯罪になるかもしれない。
「許可を取ったからやって」
「誰の許可だよ」
警備会社のだろうか? それとも彼女よりもっと上位の電子人格の許可だろうか? あるいは市民ポイントとかいうポイントで国民を管理している某政府の許可だろうか?
いくらそいつらが許可したところでスマホの持ち主ではない。持ち主が面倒な人間である可能性もある。持ち主に訴えられたら終わりじゃないか? リスク回避のため、その命令は聞くべきではないのでは?
しばらく考えたが、問題が起こっても悪いのはマーコだ。むしろマーコの指示通り動かないほうが会社にとってはよくないかもしれない。俺はそう思いなおして電話をかけることにした。いざとなったらもみ消してくれるだろう。たぶん。
が
「あれ? 着信履歴がない?」
今さっきあった電話の履歴だけではない、電話の履歴自体がない。
「そんなはずないんじゃない? もっと調べて」
スマホにロックはかかっていなかったが、履歴には電話どころかメールも何もない。それどころかラインなどのアプリもないまっさらな状態だった・・・いや
たった一つだけ。アプリが登録されていた。まるでそのアプリ専用のゲーム機の様に他には何も情報がなかった。
「って、これ・・・マニコレか? 」
そのアプリには見覚えがあった。
「マニュフェストコレクションガールズ・・・2010年から10年間公開されていたソーシャルゲーム。現実の人物を美少女化したキャラを操作して覇権国家を目指す。ソーシャルゲームの先駆けとして公開されると爆発的な人気を獲得するも、マンネリ化によって徐々に人気を失い公開から10年を区切りにサービス終了。ガチャを搭載する経営モデルはギャンブル性が高いことが問題となり現在は禁止されている」
マーコが明後日の方向を見つめながら説明する。恐らくリアルタイムで検索しながら話しているのだろう。
「ふーん、サービス終了したゲームね」
マニュフェストコレクションガールズ、通称マニコレ。
それはかつて裕也自身がプレイしていたゲームでもある。それどころか毎月10万以上課金していたソシャゲだった。ざっと計算して課金した金額は100万は軽く超えるだろう。あのころはまだ正社員でこんな世知辛い世界になるとは思ってなかった。
しかしそれも10年近く前のこと。マーコの言う通り、ソーシャルゲーム自体が下火になって久しく、既にサービスを終了しているはずだ。
「なんで今さらこんな?」
サービス終了してもアプリのタグは残る。しかし勿論ゲームはできない。そんなものが10年も残しているとは、よっぽどこのゲームに思い入れがあったのだろうか?
「う~ん、どうやら端末が古すぎて私じゃアクセスできないみたい。ちょっとそのゲーム開いてみて?何か分かるかもしれない」
「サービス終了したゲームはもうプレイできないぞ」
何かわかるも何も、サービスの終わったアプリを開こうとしたって開けませんというメッセージが出るだけだ。そうは思いつつ一応タップする。
「そんなこともわからないようでは人間を超える日はまだまだ遠そうだな・・・え?」
しかし予想に反してアプリが起動した。
「北朝鮮討伐イベント開始。今ならログインボーナスで☆☆☆金正恩があたる!」
ぶっ
そしていきなり表示された文字に思わず吹き出す。
そういえば現実の出来事をディスってゲームにおとすのがマニコレが人気の理由だった。
しかしいきなり北の将軍様か。10年前はまだちょいちょい名前を聞いたが今はもう名前を聞くこともなくなった。あれから妹が指導者になったり、妹が兄の息子を粛正したり、妹の息子が将軍になったり、色々あった。本物は既に死んでいるのでは? と専らの噂だ。
「存在しないアプリゲームが動くのはおかしいことじゃない?」
勿論そうだ。そしておかしいといえば金正恩が女体化されていないこともおかしい。それがこのゲームのうりだったはずだ。しかしゲームの中の将軍様は某人気少年漫画の人造人間にくりそつのリアルなデブなおっさんだった。
「もっといろいろ見てみて」
言われて画面を見る。うろ覚えだがアイテムボックスも戦闘コマンドも配置に変わりないように思える。特に変わったようには思えない。
ガチャ用のポイントは全くたまっておらず1回引ける程度だ。アイテムボックスにも受け取っていないポイントは残されていなかったが、最高レア選択チケットが一枚だけ使わずに残されていた。
サービス終了が決まった時感謝の証とやらで配られたものだった気がする。ということは、これはサービス終了後のゲームということだろうか。
試しにガチャを一回回してみようか? いや、その前に今所有するキャラを確認するのが先か
裕也はスマホをマーコに見せつつ、キャラを確認していった。
伊藤詩織☆☆木村健吾☆☆野々村正☆三浦大地☆☆河村霞☆三浦弘子☆☆☆☆☆・・・
「どうしたの? 」
所有キャラの名前を見て、凍りつく。
そこには裕也の知り合いの名前がずらりと並んでいたからだ。
「なんだこれは? 」
そして最後に自分の名前も見つける。
レアリティ☆出村裕也
「なにこれ? 手の込んだいたずらってこと?」
裕也の名前を見つけたことでマーコも事態を察知したらしい。
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