ぼく

2/2
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 君は気づいてだろうか。いや、気づいていたからぼくが嘘をついた事に怒って出て行ったのだろう。君は昔から鋭かったから、さすがに隠すのは無理があったな。でもぼくも敢えて君に隠した。嘘をついた。だからこれで良かったんだ。そうすれば、君はまた別の誰かの傍にいれる。ぼくなんかより、その方がよっぽどいい。  君の隣にいるのは、。 「ゲホッゲホッ」  自分は口を押さえて、洗面器に行くと吐き出す。一瞬にして、白かった洗面器が真っ赤に染まった。手にもがついている。それを見て、ぼくは嘲笑うように鼻で笑った。それからその場にしゃがみ込む。  別れたのは良いものの、やっぱりぼくは弱い。  こんな時に、君が傍にいてくれればと願ってしまう。嘘をついて、君を傷つけたのに。嘘をついて、君を遠ざけたのに。なんて自分勝手なんだ、とぼくは心の中で呟く。自分勝手すぎる。 「愛してました、か……」  あの時、目を開けて君の腕を掴めば良かったのだろうか。君を押し倒して「行くな」と言えば良かっただろうか。君にキスをすれば良かったのだろうか。  いや、それは良くない。また君を傷つけてしまう。これが正しい。ぼくの選択で良かったんだ。  じゃあどうして視界が滲む。どうして目の周りが濡れている。こんなこと分かっていたはずなのに。  朝陽は窓越しに差し込み、部屋を照らす。今のぼくには不似合いな光だった。  その光を見て、ぼくはまた咳き込む。それから洗面器に血を吐き出し、ずり落ちた。呪いのように、体が蝕まれていく。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!