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最後に聞いた彼の声は、儚く溶ける淡雪みたいに掠れて耳元に落ちた。
「…ごめん」
彼にそんなことを言わせてしまったことが悲しくて、涙が止まらない。さっきまでの熱気が嘘みたいに汗と涙で湿った部屋の空気が冷えていく。
彼の匂いも素肌の感触も伝い落ちる汗も、全部好きだった。
言葉少なに語る声も、尖り気味な耳の形も、小さな顔の割に大きな手も、ためらいがちに触れる長い指先も、全部好きだった。
喧嘩っ早くて傷が絶えなくて、怖いものなんて何もないみたいな目をしてるのに、高いところが苦手でコーヒーが飲めなくて、ポッキーはいつもシェアしてくれて、モンブランが好きで。キスの後見上げると少し赤くなって目を逸らせるところも、全部。全部好きだった。
何も映さない無機質なガラス玉のような瞳に映りたかった。
粉々に砕けたビードロの欠片を拾い集めて抱きしめたかった。
だけど。
ぎこちなく乱れたベッドの上で身体を丸めて肌をさらしたまま泣きじゃくっている自分が滑稽で、悲しくて悔しくて、どうしたらいいのか分からない。
彼が離れて行ってしまうのが分かるのに引き留める術がない。
そんな顔をさせたいわけじゃなかった。謝って欲しくなんてなかった。
ただ。
世界で一番。誰よりも。彼の近くに行きたかった。
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