one more. 2

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セラピー彼氏が出来ました。 なんでだろう。人の気配があるって、安心する。久しぶりに心地よい眠りに満たされた。誰かと一緒に寝るなんてもう何年もない。こんな風に優しい温もりに包まれたのは、大好きだった彼と。もうずっと。ずーっと前、… 寝息が聞こえる。体温を感じる。鼓動が伝わる。 ゆっくり目を開けると見慣れた社宅の薄グレーの天井が見えた。隣が温かい。目を向けると、超絶美しい顔がドアップで飛び込んできて息を呑んだ。 誰っ、何っ、なんか密着してる、…っ⁉︎ 反射的に飛び下がってベッドから転がり落ち、チェストにぶつかった衝撃で目が覚めた。 「ん、…ゆりの?」 ベッドで眠っている美しく整った長身の男性がもぞもぞと動く。寝起きの開き切らない瞼が可愛い。要するに。イケメンは何をやってもいい。 「おはよ」 季生くんが寝返りを打ってベッドの上から私を見降ろす。 可愛いのに。天使みたいな顔してるのに。長く伸びた首に浮かぶ喉仏とか捲れた袖からのぞく手首とか無防備に目にかかる前髪とかに色気を感じてしまうのはなぜ。 「ニイサンコナイ、イイイミイナイク、ニイサンニク、サーティワン、…っっ」 煩悩を振り払うべくとっさに素数ロゴ合わせを唱えながら、敢えてもう一度チェストの角に頭をぶつけてみると、 「…おい。大丈夫か?」 ベッドの上から長い腕が伸びてきて、頭の後ろを撫でられた。 さっきまで私を包んでいたしなやかな腕。頭に回された長い指が髪を撫でる。 全身から沸き立つような血流のジルバを感じる。気力体力が充足し、全身がやる気に満ちていく。セラピー彼氏の効果たるや。 「もちろん、問題ありません」 敬礼すると、色素の薄い目覚めたばかりの瞳が優しく緩み、 「それは良かった」 そのまま頭を引き寄せられて、唇が甘く触れた。 爆死―――――っ、セラピー彼氏バンザ―――イっ‼ 腰から崩れ落ちそうになりながら、ベッドサイドに置いたスマートフォンの時計を見て絶叫した。 「ぎゃあああ。遅刻するっ‼」 「…問題大ありじゃん」 大急ぎで顔を洗って歯を磨き、着替えて髪を整え化粧をする。微妙に肌の調子がいいのは、質の良い睡眠を取れたからかもしれない。身体中が潤いに満ちている。 季生くんの腕の中で安心して熟睡してしまった。ちょっと信じられなくて何度もその感覚を反芻してしまう。こんな身も心も丸裸な自分を見せたのは、あの日以来だ。 どこか懐かしい甘く優しく心地よい温もりを噛みしめる。 心の奥深くにしまい込んで厳重に鍵をかけ、何度も燃やし尽くして灰にして埋めたその感情が、一陣の風にふわりと舞い上がる。 『好き』 季生くん、こんな私でも。 また、普通に、人並に、誰かを好きになることが出来るかな。
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