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「お前、俺に会いたくて、そんな犬みたいに飛んで帰ってきたわけ?」
無意識に季生くんにしがみついていたら、季生くんが私の頭を撫でて、てっぺんに口づけてくれた。季生くんが触れたところから甘美なしびれが走って全身が熱くなる。仕事も手につかず、濡れるのも構わず、一目散に飛んで帰ってくるなんて、確かに犬だ。
「可愛いな。ご褒美に洗ってやる」
恥ずかしくなってさりげなく離れようとしたら、季生くんに抱え上げられた。
「ちょ、…!?」
「ちゃんと全部気持ち良くしてやるから」
季生くんが浴室に向かっている。
「まっ、…待ってっ! そんな、無理っ!! 上級すぎるっ」
「スパルタだっつったろ」
急展開についていけず、あわあわしている間に、半裸の季生くんに素晴らしい手際でお風呂に放り込まれた。
「ねえ、見てない? 見えてないよね?」
「…隠すほどのもんかよ」
仰ることはもっともで、私の貧相な身体など彫刻のように美しい季生くんの裸身を前に石ころほどの価値もない。分かっているけど恥ずかしい。一応タオルを巻いてはいるものの、露出部分が多すぎるし、密着する季生くんは神々し過ぎてまともに見られない。
「ね、…ねえ、季生くん。くすぐったい。恥ずかしい」
「ん。…気持ちいい?」
「…うん」
気持ち良くて、死にそう。
お湯の温かさと、季生くんの温もり。滑らかな素肌と、しなやかな手足。魔法のように巧みに動く手と指。身体中余すところなく触れる唇。舐めて辿って絡み合う舌。
宣言通りスパルタなセラピー彼氏は、その魅力的な唇と破壊力の強すぎる肢体で私を黙らせた。
「無理やりやったりしないし。お前が嫌なことは絶対しない」
いつの間に用意されていたのか、いい香りのするボディソープで私の身体を洗いあげ、泡立てたシャンプーで優しく髪を撫でる。全身マッサージを受けてるみたいに物凄く気持ちいいのに、繰り返し注がれる唇とか意地悪に戯れる舌先に心が騒ぐ。
ベットの上とは違う。
明るさと解放感。湯けむりと温度。響く音。はねる水。
「風呂は癒されるところだろ。気持ち良くなって当然なんだよ」
季生くんがその麗しい全身でガチガチに凝り固まった私をほぐしていく。
快感を覚えてもいいんだと。心地よさを感じてもいいんだと。
触れ合うことは罪じゃない。誰も傷つかない。誰にも咎められない。
あられもない声を上げそうになり、反射的に自分に対する嫌悪感が込み上げると、巧みに察した季生くんが私の唇を塞いでくれた。
「…聞きたくないなら、俺が塞いでやる。だからお前は素直に感じてな」
季生くんは、私のオアシスだった。
学校生活に行き詰っていた学生時代も、季生くんは私のシェルターになってくれた。狭い部屋で布団を被って一人で泣いていた私に寄り添って、小さくて温かい手で涙を拭いてくれた。
信じられないくらいかっこ良くなって、大人になって、ちょっと毒舌にもなったけど、季生くんは変わらない。
世界中にたった一人でいいから、ありのままの自分を受け入れてくれる人がいたら、きっと自分のことを許せる。出来損ないの自分を許してあげられる。
「…きお、くん、…っ」
快感の波に弾け飛んで、泣いた。
「…大丈夫。ここにいるから」
溶けて蕩けて力が抜けて、迷子のように彷徨い出した私の身体に、季生くんの声がゆっくり沁みる。乾いた心に降る慈雨みたいに私を満たしてくれた。
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