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『お前、コーヒー飲める?』
夏の終わり。蝉しぐれ。君のとなり。
佑京くんに会ったのは、昇降口から中庭に抜ける渡り廊下に設置された自動販売機の前だった。
『あ、はい、…』
『やる』
目の前に差し出された缶コーヒーが、日差しを受けて煌めいた。
『俺、飲めねえから』
ノーネクタイ。汚れた制服。血の付いたワイシャツ。傷だらけの顔。屈強そうな身体。長い手足。大きな手。鋭い眼光。低い声。
初めて会った人は、十中八九、怖いという印象を抱くであろう見た目で、コーヒーが飲めないと言った彼は、ちょっと情けなさそうに眉尻を下げていた。そのギャップが鮮烈だった。
可愛い。と、思ってしまった。
『笑ってんじゃねえよ』
佑京くんには怒られたけど、怖くなかった。
『俺が押し間違ったんじゃねえ。自販機が勝手に、…』
ぶつぶつ言っている彼が、あの全校生徒から恐れられ、教職員から煙たがられている問題児の鷲宮 佑京だと知ったのは、それよりずっと後のことだった。
最初から知っていたら、近づかなかったかもしれない。
『お前、コーヒー好きなの?』
『うん、…』
佑京くんがくれたから。その日からコーヒーは特別な飲み物になった。
佑京くんを教室で見かけることはほとんどなかったけれど、お昼休みとか放課後に、中庭のベンチや芝生の上で、佑京くんは大抵寝ていた。佑京くんはとても目立つ。
気だるげで、無防備で、いつも。
その寝顔に見惚れた。
太陽の光が透けて、佑京くんの髪がオレンジ色に煌めく。長いまつ毛が影を落とす。惹きつけられて近づいて、息を潜めて、柔らかそうな髪に手を伸ばしたら、
『お前、いっつも一人だな』
鋭い視線に囚われた。
バレてた。この手のやり場はどこに。
というか。
バレてた。私が友だちのいないボッチ生活を送っていること。
『…俺といる?』
中途半端に宙に浮いた私の手に、佑京くんの大きな手が重なった。
私が望んで望んで、ずっと手に入れられなかったものを、佑京くんがくれた。
信じられなくてもったいなくて、どんなに嬉しいか言葉に出来ないまま、ただただ頷いたら、知らないうちに溜まっていた涙が一粒零れ落ちた。
佑京くんは、唇の端を微かに上げて笑みを象ると、身体を起こして私の頭の上に優しく手をのせた。
佑京くんは私に居場所をくれた。
太陽が沈んでまた昇って、空虚な集団生活が始まっても、もう一人じゃない。
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