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私が住む単身者用の公務員官舎は、築年数は古いけれどゆったりした間取りの1LDKで、収納が充実していて部屋を広く使えるのが利点だ。
けれど、今やその広いはずの部屋は、足の踏み場を探すのも一苦労な状態になっていた。
リビングダイニングに入ると、戸棚や扉の全てが開け放たれ、食器やキッチン用品、DVDや書類が床に散乱しており、寝室にしているもう一部屋もチェストやベッドの引き出しが乱雑に開けられ、中のものがぐちゃぐちゃに床に山を作っていた。何かを探していたのか、隅から隅まで全てをひっくり返したような状態で、もはや何があって何がなくなっているのかも分からない。
散らかった荷物の山と記憶を照合させながら紛失物の確認をするのは骨の折れる作業で、更にこの後これを片付けるのかと思うと心底げんなりした。ただ、気の滅入る作業ではあったけれど、唯一の救いは破損しているものがなく、紛失しているものもないように思えることだった。
犯人は、何が目的だったんだろう。
美玖さんに手伝ってもらいながら、暗澹たる気持ちで、一通り確認を済ませると、手持ちのタブレットに何やら入力を終えた美玖さんが、
「お疲れさまでした。以上で終了になります」
と労うように言い、
「ところで、…あの、ioくん。めっちゃ溺愛ですね」
どうしても抑えきれない感じで、夢見るように玄関の方を振り返った。
「ioくん、…?」
って、最近もどこかでその名前を聞いたような気がするけど、若者を中心に人気のモデルさんだよね?
…え!? もしかして、季生くんのこと?
「あ、ごめんなさい。内緒ですよね。絶対、誓って、口が裂けても口外しませんっ!」
どうもピンと来なくて反応が鈍い私に、美玖さんは慌てたように人差し指を唇に押し当てた。おかげで、その手の薬指に光る指輪が否応なく目に入る。
「ああ、でも、ご本人に会えてとっても光栄でした」
可愛らしい仕草で綺麗にメイクされた瞳をパチパチと瞬かせる美玖さんは、何というか、今どきの若くて可愛い、健全な女の子に見えた。
「あの、…鷲宮さん、たち、は、ご結婚なさってるんですか」
「え? あ、はい。新婚なのにミーハーですみません。ちゃんと推しとリアルは区別出来てるんで大丈夫ですよ。彼、ああ見えてすごく優しいし、外では強いけど、家では溺愛してくれるっていうか、…って、すみません。今の内緒にしといて下さい。佑ーくんに怒られちゃう。依頼者のこと詮索したりして、守秘義務に抵触するかもですよね」
美玖さんは、20代前半くらいだろうか。
女性警察官というより、年相応のキラキラした女の子の顔になっていて、あせあせと両手で顔を扇ぐ様子を、無理やり作った笑顔で眺めた。
「…お幸せに」
そう言った自分の声に祝福以外の感情が表れていないことを祈った。
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