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「盗られたものは何もない、か、…」
玄関口で、佑京くんが美玖さんの報告を聞いている。紛失物がなかったのは不幸中の幸いだけど、結局のところ何が目的かも分からず、不安は残る。
報告を聞き終えた佑京くんが思案顔になり、
「今晩、泊まる当てはあるか? 不安だったら、知り合いの家かホテルに、…」
気遣うように私をうかがい見た。
佑京くんは優しい。
眼光が鋭くて怖がられがちだけど、自分の痛みよりも人の痛みを感じる優しい人だということを、私は知っている。美玖さんに教えてもらわなくても、10年以上前から。
「心配しなくていいよ。俺が片時も離さないから」
壁に寄り掛かって斜に構えていた季生くんの長い腕が伸びて、私を引き寄せた。佑京くんと視線がぶつかる。
「…そうか」
佑京くんは一瞬瞳を閃かせたけれど、わずかに逸らせた視線を戻すと、
「付近のパトロールを強化する。犯人は必ず捕まえるから。鍵は付け替えろよ」
隙のない警察官の顔になってキビキビと告げた。官舎5階の私の部屋に、空き巣犯は玄関ドアをピッキングして入ったらしい。
「…ありがとう」
せっかく会えたのに。
もっと一緒にいたいのに。聞きたいこともあるはずなのに。
何も聞けない。引き留めることも出来ない。佑京くんとの再会が、嬉しいのか悲しいのかさえ分からない。
「じゃあ。雨瀬、何か思い出したら連絡して」
「気が向いたらね」
2人でいる間に何か話し合ったのか、佑京くんは季生くんと短くやり取りしてから踵を返して、玄関のドアを開けた。
「…失礼します」
佑京くんの後姿が視界から消えていく。
広い背中。真っすぐに伸びた背筋。長い足。力強い腕。もう。振り返ることはない。
「では、失礼します」
隣に控えていた美玖さんもぺこりと頭を下げて、佑京くんに続く。ゆっくりと音を立てて閉まったドアが、私と佑京くんの世界を隔てる。
「おっと、…」
気力と体力の限界を感じてへたり込んだ私を、後ろから季生くんが支えてくれた。
「よく頑張ったな」
季生くんが私の頭を抱え込んで慰めるように額を合わせた。
浮かれて、罰が当たったのかな。
人並みに誰かを好きになりたいとか、職場で円満な人間関係を築けたらとか、甘やかしてくれる彼氏みたいな弟が家で待っててくれたりとか、…不相応な夢を見たから。
「鍵交換の業者、今から来てくれるって。飯出来るまで、お前はちょっと休んでな」
季生くんが、諸々の連絡やら後処理やら片付けやらを全て担ってくれた。頭の中がぐちゃぐちゃで、考えることを放棄した私は、季生くんに言われるがまま、ご飯を食べてお風呂に入り、季生くんのいるベッドに引き取られた。
布団の中。季生くんのシェルター。
心臓の音が聞こえる。
背中に回された腕が頼もしい。安心する。安心して、涙が出る。
「…ごめん、ごめんね、季生くん」
「別に何も、ゆりののせいじゃないだろ」
あやすように、季生くんが背中を撫でてくれる。何がショックなのか、もうよく分からない。
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