49人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
「鷲宮 佑京。警視庁刑事部捜査第一課の刑事。…、お前、まだ、あいつが好きなの?」
窓を叩く風の音さえ聞こえない、静かな月夜。ふたりぼっちで寄り添う心音。
日ごとに夜が長くなる。日ごとに温もりが恋しくなる。
「…分からない」
そんな夜に。
季生くんの腕の中はとても心地良い。溢れ来る感情のままに散々泣いて、涙に余計な澱を洗い流されて、丸裸に無防備な私の心を優しく包んでくれる。肌寒い日の毛布のように。
「…いいよ」
情けないことに。
32歳といういっぱしの大人なのに、私は何一つ上手く出来ない。
みんなちゃんと、仕事したり恋愛したり家庭を持ったり。年相応にちゃんと未来に進んでいるのに。
私だけ。いつまでも過去に留まったまま。みんなに置いていかれてる。
空き巣被害に遭うのだって、自業自得のような。全部自分のせいな気がしてくる。だけど季生くんは。
「…任せな」
少し眠たげな季生くんの声が、ゆっくりゆっくり胸に落ちる。
季生くんだけは、昔から。
沈没寸前の私を繋ぎ止めてくれる。
「…俺の羽は、お前と飛ぶためにあるから」
季生くんの大きな手が優しく私の髪を撫でる。
その速度がだんだんゆっくりになって、髪から離れて背中に落ちる。
暗がりの中そっと目をあげても、季生くんの顔は見えなかった。
季生くん、ごめんね。
せっかく私の所に来てくれたのに。泣いてばかりで。迷惑かけてばかりいて、ごめんね。
ちゃんと、私も、もっと、ちゃんと。
強くなりたい。
そんな騒ぎがあった翌日なのに、季生くんはまた朝ごはんとお弁当を作って、私を送り出してくれた。寝坊した私のためにすぐに食べられるスムージーを朝食にしてくれたんだけど、ほうれん草が入っているのに美味しくて飲みやすかった。キウイとりんごが入っているらしい。
「今日は簡単に、そぼろと卵の二色丼」
いや、豪華すぎるから。
カバンの中に収まったスープジャーが宝物みたいに私を励ます。
部屋の片づけはしておくから、お前は頑張って稼いで来い、と言われ、そういえば、季生くんはモデルのioくんだっていうけど、仕事は大丈夫なのかと思って聞いたら、
「今更か。お前ホント俺に関心ないな」
と呆れたように笑ってから、しばらく休みを貰っているから大丈夫だと言われた。ちょっと遅い夏休みなんだ、と。
夏休みを私のために使わせてしまったのかと思うと、より一層申し訳なくて、せめてしっかり働こうと思った。
「小牧課長代理、ご自宅は大丈夫なんですか」
「無理しないでくださいね」
「何か困ったことがあったら言えよ」
職場に行くと、課の皆さんや南条さんが心配して声をかけてくれた。有難くて気持ちが引き締まる。代わり映えのしない仕事かもしれないけど、目の前の一つ一つと誠実に向き合おう。
黙々と業務に取り組みながら、そういえばioくんのことで南条さん、何か頼まれてたような、と頭をかすめたけれど、まあ、私が口を出すことじゃないか、と深追いしなかった。
でもすぐに、
『人気モデルio、事故で救急搬送』
ニュース速報が流れて、ioくんのことしか考えられなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!