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そのニュースは、午後の早い時間に飛び込んできた。 またもフロアの休憩スペースで南条さんを囲むランチタイムの会が開かれ、空き巣騒動の話を聞いてもらったりしながら季生くんの二色丼を美味しく噛みしめ、午後のやる気をチャージして、ちょうどいい感じで業務が進み始めた頃。 「io(イオ)くん、事故だって」「え、嘘っ!?」 「暴走車に突っ込まれたって」「重体で救急搬送されたって書いてある」 「やだぁ!!」 フロアの一部からひそめた悲鳴のような声が聞こえた。 どくん。 心臓に引き攣ったような痛みが走り、慌ててパソコンでニュースを検索する。マウスを操る手が震えて、クリックに手間取りながらニュース画面を開くと、トップニュースに速報が載っていた。 『【速報】人気モデルのio(イオ)、暴走車に突っ込まれ救急搬送 午後12時過ぎ。東京都某区の路上で暴走した乗用車が歩行者に突っ込み、男性2人を跳ねて逃走した。この事故に巻き込まれた男性は、2人とも意識不明の重体で都内病院に救急搬送された。このうち1人は、雑誌やCM等で幅広く活躍する人気モデルのio(イオ)さん(19)であることが分かった。警察では逃げた車と運転手の行方を追っている。』 すぐにスマートフォンを持って通話ブースに走り、季生くんの番号にかけてみたけれど、一向に繋がらない。 どうしよう。どうすれば。 季生くんが搬送されたという病院がどこか分からない。私と季生くんは身内というには微妙な間柄だし、私が季生くんについて知っているのは、スマートフォンの連絡先だけ。 すぐに駆けつけたいのに、季生くんが所属しているモデルの事務所も分からない。なんでもっとよく季生くんの現状を聞いておかなかったのかと悔やまれるけれどどうにもならない。 焦燥感に押し潰されそうになった時、 『南条さんの口利きで、どうか、お願いします』 『…まあ、期待しないで待ってて』 頭の隅に追いやった会話が閃いた。 「南条さんっ、すみません、教えて下さいっ!!」 あいにく南条さんは打ち合わせ中で関係職員には嫌な顔をされたけれど、構っていられなかった。何か困ったら言えと言ってくれた言葉を信じて、人の生死に関わる緊急事態だからと呼びだしてもらった。 「え、弟くんが事故!?」 打ち合わせ中でio(イオ)くんの事故も知らなかったらしい南条さんだったけど、すぐに季生くんの事務所に連絡をとって、搬送先の病院を教えてもらった。事務所の人は季生くんから私の存在を聞かされていなかったらしく、若干不審がられたけれど、議員ジュニアの南条さんを信用したようだ。 「区立病院まで。なるべく急いで」 南条さんが一緒にタクシーに乗り、病院まで付き添ってくれた。打ち合わせ中の仕事のことを謝ると、 「io(イオ)くんのことは、僕も心配だから」 と言って慰めてくれた。 病院までの道のりが永遠のように感じた。 消耗した神経が、危ういところでバランスを保っている。どうか。どうか。無事でいて。 「雨瀬季生さんのご身内の方? 確認しますのでお待ちください」 病院の受付に飛び込んでもすぐには季生くんに会えなかった。病院のロビーではそこかしこで「io(イオ)くん」という声が聞こえる。やむにやまれず押しかけてしまったファンの方々や報道関係者の方に病院が静粛な待機をお願いしているようだ。中には泣いている人もいて、不安が共鳴して膨れ上がっていた。 「小牧さん、こちらへ」 ほどなくして、看護師さんに呼ばれた。確認が取れて案内してもらえるようだ。 「雨瀬さん、先ほど意識が戻られたようです」 聞いた途端走り出した私に、看護師さんと南条さんが並走してくれた。頭がガンガン鳴り響いているのは、自分の足音か心臓の音か、分からなかった。
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