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「まだ、持っててくれたんだな、…」
季生くんが小さく身じろぎして、私のネックレスに触れると、吐息みたいな低い声で何かつぶやいた。
胸の奥に痛みが走る。
今、私はティアドロップのネックレスをしている。
昨日、官舎の部屋を荒らされて、めちゃくちゃにばらまかれた荷物の中から見つけた。いつかのクリスマスに佑京くんからもらったもので、痛みと幸福が一緒に詰まっているそれを、引き出しの奥底にしまい込んだまま、あれ以来一度も取り出すことはなかった。でも。思いがけず佑京くんに再会して、手に取ることになって、…それで、身に着けてみた。
けじめというか、禊というか、いい加減自分も過去から動き出したくて。美玖さんのことを考えたら罪悪感はあるけど、まあでも、彼女は知らないだろうし、これを最後に葬ろうと思ったわけで、…
でも。こんなことになってしまったから、ちょっと捨てるわけにいかないような気もするというか、…
「…ごめん、お前に言っておきたいことがある」
なんて。
私がうだうだ考えていたら、季生くんが少し身を引いて、意を決したように真っすぐに私をのぞき込んだ。
真剣なまなざしに囚われる。目を逸らすことが出来ない。季生くんが深く息を吸って吐く。季生くんの真摯な声がきっぱりと告げた。
「俺は、雨瀬季生じゃない」
「…え?」
季生くんが凄く真剣だから、私も凄く真剣に聞いたんだけど、ちょっと飲み込めなかった。確かめるように何度も瞬きをして、季生くんの顔を見つめるけれど、季生くんは表情を変えない。
からかわれている? でも、冗談を言っているようには見えない。
そう思いこんでいる? 病院の先生が、頭を打っているから記憶に混乱が見られるとか、なんとか、言ってたような気はする。けど。でも。だけど、…
「信じられないよな」
季生くんがふっと自嘲するように悲しげな笑みを漏らした。
「お前の恋人を助けたかった。なのに、こんな、…、ごめんな」
季生くんが悲しげな表情のまま視線を揺らして、私の胸元に視線を戻した。
「…それ。あのクリスマスに俺がやったやつだよな?」
息が出来ない。心臓が、止まる。時が、止まる。
季生くんを見つめたまま動けない。
季生くんが言った言葉が頭の中をぐるぐる回る。
その言葉の意味することが分かるのに飲み込めない。
止まったと思った心臓が大きく跳ねて、狂ったように身体中を血が巡る。頭がガンガン鳴っている。
「なんで、…」
引き攣った自分の声が遠くから聞こえる。
「…こまき」
季生くんの声なのに。季生くんの顔なのに。
目に映るもの、耳に届くもの、その全てが。季生くんなのに。
「俺は、鷲宮佑京だ」
そこに、佑京くんが居た。
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