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「…眠れないのか」
病室の窓ガラスは分厚いカーテンに覆われて、月明りは見えない。
暗闇に非常灯が不安気にぼんやり揺れている。
「…ううん」
季生くんの姿をしてはいるけど中身は佑京くん、と、2人きり。
それほど広くない病室は付き添い用の簡易ベッドを入れてもらったらほぼいっぱいで。つまり、すぐ隣にベッドをつなげて寝ている状態で。手を伸ばせば、佑京くんに触れられる状態で。身じろぎする音も寝息も聞こえてしまう状態で。
…眠れるはずがない。
でも。安静が必要な怪我人にそうは言えない。
これからのことを考えたら、怖くて眠れないなんて言えない。大変な目に遭っている当事者にそんなこと言えない。
「こっち来る?」
暗がりに慣れた目に映る、差し伸べられた手。
しなやかで美しい。見た目は違うけど、
『…俺といる?』
あの日、私を救ってくれた優しい手だ。強くて大きい。
どうして彼はいつも、私の欲しいものが分かるんだろう。
「…でも、佑京くん怪我してるし、ここは病院だし、そ、…とには、警察の人もいるし、…」
でも。そうは言えない。欲しいなんて言えない。
だって、最初に佑京くんを拒んだのは私なのに。
「…よっ、と」
身軽に身体を起こした佑京くんの長い腕に抱え上げられて、一緒にベッドに転がった。
「ちょ、…っ!?」
勢い余って、怪我をしている佑京くんの上に全身で乗りかかってしまった。痛いだろうし、重いだろうし。心臓が破裂しそうだし。慌てて起き上がろうとしたら、背中に伸びた腕に阻まれた。
「お前、大人になって面倒臭くなったな」
「な、…!?」
何という言われよう。絶句してると、佑京くんが喉の奥で笑っているのが振動して伝わってきた。胸の上に乗っている私の耳も揺れる。
「俺がルール守る奴だと思ってんのか」
なんで急に不良自慢!?
彼は今でこそ警察官だけど、かつては担任泣かせの問題児だった。
「大人はルール守らなきゃ、…」
力なくつぶやいたら、背中に回された腕に力が込められた。
「問題ねえだろ。俺は今、お前の恋人なんだから」
…違うんだよ。
季生くんは弟で、恋人じゃない。
だけどそれは声にならなかった。佑京くんの言葉が胸に沁みる。
沈黙が、戸惑う身体も高鳴る心音も全てを包み込む。
「…佑京くん。痛くない?」
「ああ」
「…佑京くん。重くない?」
「まあ、…」
佑京くんの腕の中で、呼吸を殺して緊張を隠して、そっとその美しい顎のラインを見つめていたら、佑京くんが意味ありげに片頬を上げたのが分かった。
「軽くはないな」
「ちょ、…っ!」
佑京くんて、ちょっとふざけてるよねっ!
抗議を込めて顔を上げたら、手のひらで頬を包まれて、柔らかい親指が目元を辿った。
「…大丈夫だから、泣くな」
それでかなり、優しいから困る。
「…なるようになるだろ」
私の不安も心配も怖さも。全部引き受けて包み込んでくれる。規則正しく動く心臓の音が安心をくれる。
そのままじっと心臓の音を聞いていたけど、当然ながら全然眠るなんて出来なくて、
「…ねえ」
「どうした」
声をかけてみたら、即座に返事があった。鎮痛剤とかもらってると思うんだけど、佑京くんも眠れないらしい。
「…佑京くんは、恋人いないの?」
暗くて密着していて顔が見えなくて、体温が混ざり合うから、聞ける。
「…いねえ」
今しか聞けない。
「…好きな人は、…?」
わずかにためらうような沈黙の後、ため息みたいな低い声が答えた。
「…いる」
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