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「そう。じゃあ職場で待ってるから。無理するなよ」
南条さんは私の頭をふわりと撫でると、さわやかな笑顔を残して去っていった。
次々と襲いかかる衝撃的な現実にうまく対処できない。ため息を飲み込んで集中治療室にいる佑京くん(の中にいるであろう季生くん)に「また来るね」と別れを告げ、季生くんの病室に戻ると、季生くん姿の佑京くんが退院準備を終えて私を待っていた。
「よし、行くか」
荷物を持った佑京くんが明るく立ち上がり、
「ホントに佑京くんちに行くの?」
未だ心の準備が出来ていない私を呆れたように眺めて、
「往生際悪いな。いいじゃん? 俺ら今、恋人同士なんだし」
がしっと肩に腕を回すと有無を言わさず連行した。
なんかずっと微妙に誤解されてるけど。季生くんは弟であって、セラピー彼氏ではあるものの、恋人ではない。…でも。ずるいのは分かってるけど、佑京くんにはまだ言えずにいる。
イオくんファンが病院の周りを囲んでいる様子だったので、マネージャーの北村さんが迎えに来てくれ、佑京くんと私はスモーク付きの事務所の車でひっそりと病院を抜け出した。車には社長の曽根さんも同乗していて、イオくん宛に届いたファンからのメッセージのいくつかを昨日警察の田上さんが持ち帰ったという話をしてくれた。
「どんな内容のものを持って帰っていましたか?」
「ちょっと過激な内容のものだよ。イオのために命を捧げるとか、匂わせ彼女を殺してやるとか、お前の秘密を暴露してやるとか、…」
「…秘密?」
「そういえばイオ、前に言ってなかったか。中年男性からのファンレター、珍しいって」
「その人何て名前でしたっけ」
「えー、…っと、…」
社長さんはスマートフォンを操作して助手席から後ろにいる佑京くんに差し出した。
「確かこれ。鵜飼聖人さん」
社長さんは警察に提出する前にファンレターを画像に取っておいてくれたらしい。スマートフォンの画面には、事務所宛の宛先、文面、差出人の住所が写っていた。
「ありがとう。これ写させて」
佑京くんは社長さんのスマホ画面を自分のスマホで写すと返却した。
「イオさ、本当に家まで送っていかなくていいのか」
マネージャーの北村さんが運転しながら、佑京くんとミラー越しに会話する。
「うん、大丈夫。ありがとう。さっき言った店の近くで降ろして」
「…その店、バイクショップだろ。お前いつ免許取った?」
「ん~? ちょっと前」
「…まあいいけど。気をつけろよ。小牧さんも乗せるつもりか」
「もちろん」
「…えっ!?」
…初耳ですけど!?
後部座席の隣に座る佑京くんを見ると、なんかいたずら顔で人差し指を口に当てている。
「退院したばかりだし、無理はするな。それと連絡はつくようにしておいてくれ」
「了解」
というわけで。
まるで訳の分からないまま夕暮れのバイクショップ付近で車から降ろされた私は、佑京くんに導かれるがまま、バイクショップの裏口から中に入り、倉庫の奥に置いてあった黒くて美しくスタイリッシュな一台のバイクにたどり着いた。
「…佑京くん、これ」
「うん、俺の」
佑京くんがどこからかカギを取り出して人差し指でくるくる回している。
「雨瀬を狙ってる奴らに俺の家を知られたくない」
まあ確かに。それでバイクでの移動を選んだのか。
いまいち展開についていけてないけど、そこは納得する。佑京くんは帽子にサングラスにマスク姿で、季生くんの顔を隠しているけど、いつ誰に気づかれないとも限らない。
「じゃ乗って」
速やかにバイクを動かして颯爽とまたがった佑京くんに軽々しくヘルメットを渡されたけど、…
「…ええ、と。どうやったらいいか分からない」
こっちはバイク初心者なんですけど。
「あれ、お前後ろ乗ったことなかったっけ」
ヘルメットも似合ってしまうこのお兄さんは、いったい誰と間違えていらっしゃるんでしょう。
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