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「こ――わ――いいいぃ――――――っ」
風を切って夜を走る。
日が暮れて明かりが灯る街を切るように駆け抜けていく黒いバイク。
ヘルメットに守られてはいるものの、スピードを身体に直に感じるし、否応なくしがみついてしまう広い背中を鼓動が伝わってしまうほど身近に感じるし。
「大丈夫だって、俺、白バイ乗ってたことあるし」
バイクを自在に操る佑京くんは余裕で、街灯をなびかせながらスイスイ駆け抜ける。確かにそれ以上の安全材料はないかもしれないけど、こっちはバイク生まれて初めてなんです! 怖い、っていうか、速い、っていうか、近いいいい――――っっ
「…まあお前怖がりだからな。絶対落とさないから、安心して俺にしがみついてな」
佑京くんの笑い声が背中から伝わってくる。
この背中は、季生くんのもので、今ヘルメットを押し当てている先には羽がある。だけど型破りな言動は間違いなく佑京くんのもので、…
だいたい。
佑京くんが免許証を持っているからと言って、季生くんが運転できることになるんだろうか。今バイクを運転しているこの人は、頭の中は白バイ運転経験者かもしれないけど、身体はバイク無免許ってことも、…
やっぱり。
「こ――わ――いいいぃ――――――っ」
「ハハハ、大丈夫。やってみたら、意外と何とかなるもんだって」
佑京くんが軽快に笑い飛ばす。
確かに私は怖がりで、何でも考えすぎて一歩が踏み出せない。足元を固めすぎて壁を厚く塗りすぎて、何重にも蓋をして、誰も入れないようにしっかりカギをかけてしまう。そんな私が、バイクの後ろに乗るなんて、また佑京くんのそばにいることになるなんて、考えもしなかったな。
「…佑京くん」
やってみたら、なんとかなるかな。
「…佑京くん」
もう遅すぎるってことはないかな。
「…佑京く――――――ん、…っ」
声が、風にちぎれて飛んでいく。風の音。車の音。街のざわめき。夕暮れの空。せわしない時間をすり抜けて飛んでいく。
「お――!? なんか言ったか――――?」
楽し気な佑京くんの声もまた、風に飛ばされる。
まだ好きかもしれない。やっぱり好きなのかもしれない。
でも、こうやって自然に背中に触れるのは、それが季生くんのものだからなのかもしれない。
自分の気持ちさえよく分からないけど、ただ、とても大切な目の前の背中を思いきり抱き締めた。
「まあ入って。散らかってるけど」
「…確かに」
「…るせえ」
思いがけず、初めてのバイク走行を楽しみ、やや郊外にある低層マンションの一室に案内されて足を踏み入れると、いわゆる男の人の一人暮らし感が満載の部屋でなんだかちょっと安心した。
「…高校の時は、もうちょっと綺麗じゃなかった?」
「…そんなの必死で片づけたに決まってんだろ」
言いながら佑京くんが積み重なっていた服をかき集め、慣れた調子で洗濯機に放り込み、散乱していた書類をまとめて隅に寄せ、ソファとテーブルに空きスペースを作ってくれた。
「マジで寝に帰ってくるだけだから」
私をソファに座らせると、ぶつぶつ言いながらキッチンを漁り、
「なんもねえ。夕飯、なんか頼む? 食べに出る?」
お湯を沸かしながら私を振り返った。
こんな時、私が作るよ、と言える腕があればな。と自炊生活が長いくせに何もしてこなかった自分を呪い、ホテルモーニングのような朝食や素晴らしいお弁当まで作ってくれたハイスペックな季生くんを思い出して、目の前の季生くんにしか見えない姿のこの人は、やっぱり中身は別人なんだ、と妙なところでまた納得してしまった。
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