one more. 5

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「あ、うち、コーヒーねえ」 どうやらお湯を沸かしていたのはコーヒーを淹れてくれようとしたからだったらしい。けど、コーヒー豆がなかったらしい。佑京くん、まだコーヒー苦手なんだ。 「おい、笑ってんなよ?」 なんか変わってなくて安心して、ニヤニヤしてしまったら、佑京くんに小突かれた。 いやだって。 警察官ってコーヒー飲んでるイメージ強いのになあ。佑京くんこんな荒っぽい感じなのに、相変わらず可愛いし。 「いつまで笑ってんだ。買いに行くぞ」 ニヤニヤが止まらない私を引きずって、佑京くんと買い物に出かけた。 マンションの近くにあるコンビニエンスストアの陳列棚を見て回りながら、あれやこれや、とりあえず必要なものをかごに入れる。 しかしここに来て。 急遽、彼の家にお泊りになってしまった彼女のような状況に陥っていることに気づき、動揺する。 歯ブラシと下着が必需品なんだけど、なんだかかごに放り込む勇気が出なくて、腕に抱えたまま通路をウロウロ見て歩く。あ、基礎化粧品売ってる。これは必要だよね、… 本当は必要最小限の着替えやら何やらを家に取りに帰りたかったんだけど、多分私の家は見張られているだろうから、という理由で佑京くんに却下され、こんなおかしな状況に陥ってるわけで、… 32歳にもなって笑っちゃうでしょうけど、彼の家にお泊りなんて、したことないわけですよ。そもそも彼の家に行ったのだって、高校の時佑京くんちに行ったのが最初で最後で。それはまあ泊まるとかではなかったし、若さの勢いっていうか、無知だからこそ許されるっていうか、… でもあれから早十数年。 佑京くんの経験値は未知数だし、歴代の彼女さんたちがどう過ごしていらしたのか気になるし、…待てよ。昨日は病院に泊まったからなんかうやむやになったけど、着替えは? パジャマは? 私は明日、「あれ~? 小牧さん昨日と服が同じ~」という憧れのような憧れじゃないような状態で仕事に行くのか?? 「小牧、何食べる? 焼肉カルビ丼でい?」 軽くパニックになっていると、佑京くんがお弁当を入れたかごを持ち上げながら近づいてきた。佑京くん、呑気じゃん、… 「…着替え、どうしよう、…」 「え、俺のスウェットじゃダメ?」 「…え?」 「…え?」 私が固まったら、軽い感じだった佑京くんも固まった。 なんでそんな何気ないんだろう。これが経験値の差ってやつか。佑京くん、慣れてる、… 「あ、…まあ。ちゃんとした着替えは明日買いに行くとして。とりあえず、寝るときとかは、…嫌?」 「…嫌じゃない、です、…けど」 ちょっと困ったような感じで小首を傾げる佑京くんと、自分の認識に差がありすぎて何とも言えない。佑京くんにとっては女の子を泊めることなんて、よくあることなのかなぁ。まあそりゃあ、32歳にもなったら当たり前か。今、彼女がいなくても、今まではいたんだろうし、… 「…雨瀬に怒られる?」 悶々としていたら、季生くんの顔をした佑京くんが季生くんに気を遣うという、更に分からない現象まで発生してしまったので、 「や、…怒られない、と思う」 急いで否定した。 「…ごめんな。本当はホテルとかに泊まった方が良かったんだけど、ちょっと急いで確認したい資料があって。しばらく作業させてもらってもいいか」 佑京くんが私の頭の上に手を乗せて、困ったような顔のまま覗き込んできた。 「も、…もちろん、もちろん」 頭をガーンと殴られたようなショックで、こくこくと何度もうなずいた。 私はバカじゃないだろうか。佑京くんは一刻も早く事件を解決させようと必死で頑張ってくれているのに、過去の彼女さんを気にしたりして。 「こっちこそごめん。何でもいいから服貸してもらえると嬉しい」 「おー」 自分の至らなさを心底反省していると、佑京くんが優しく笑って頭を撫でてくれた。 「お前の恋人、絶対無傷で返すから」 続けて言われた言葉に、泣きそうになった。 佑京くんは暴走車から季生くんを守って、昏睡状態になったんだ。それで今も、こんな訳の分からない状態になっているのに、自分のことは二の次で何とかしようとしてくれてるんだ。 『そっちのが、痛い、…』 佑京くんは荒っぽいところもあるけど、人の痛みに敏感で、すごく優しい。本当に。昔から。そういうところ、全然変わってない。
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