one more. 6

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「ちょっと、ちょっとぉ~、あれが噂の弟さんですか?」 「イケメン過ぎません? ヘルメットで顔見えなかったけど。スタイル良すぎでしょう!」 佑京くんがバイクで送ってくれて、出勤するや否や、古めかしいビルの高層フロアにある私の職場は大騒ぎになった。そう何日も休めないし、佑京くんに同行してもあまり役に立たないので、今日は出勤することにしたのだけど。大丈夫だって言ったのに、ビルの前にバイクで乗り付けて、「迎えに来るから、絶対連絡しろよ」と、ヘルメットを取った私の頭を撫でながら言い聞かす佑京くんは目立ち過ぎた。外見はモデルとして活動する国宝級イケメンのイオくんなわけだし、… 「弟さん、事故に遭ったって聞きましたけど、お元気そうで何よりですね」 「ていうか、抜け駆けずるい。寄こせっ」 バイクの二人乗りで出勤などという32歳の枯れ女に似合わないことをしてしまった結果、目撃情報が瞬く間に広がって、フロアに着いた時には周りを囲まれて尋問され、なぜか隣課の新見課長に首を絞められるという不測の事態に陥った。 「そのワンピースも弟さんのコーディネイトですか」 「料理から美容から何でもできる弟さん、さすが」 「もうそれ、弟の域を越えてるよね!?」 佑京くんに買ってもらったホワイトイエローのシャツワンピにまで突っ込みが入り、収拾がつかない。何を隠そうセラピーレッスンまでしていただいているんです、とは口が裂けても言えない。 「はい、部課長会議始まるから、みんな部署に戻ってね~」 今日も今日とて爽やかを絵に描いたような南条さんの登場で、ようやく囲みから解放された。 「弟くん、バイク乗るんだ。元気になってよかったね」 会議室に向かう途中、弟がモデルのイオくんであるということを知る南条さんが、こそっと囁きかけてきたので、大きくうなずいた。 まあ、狙ってる人が誰か一向に分からないとか。中身が入れ替ってるとか。その相手がよりによって佑京くんであるとか。 色々問題はあるんですけどね、… 部課長会議では、2000年に発足された新規事業支援金の中に用途が不明瞭な額があるとして、議会から指摘を受けるという話があり、その前後5年間の予算決算を洗い直す作業が必要だということになり、どこの部署でそれを請け負うかのなすり付け合いになった。 「小牧課長代理のところはいかがですか。最近バイタリティに溢れているように拝見しますが」 「え、…」 新見課長に突如振られて、返答に窮してしまった。 いやいやいや。 うちは課長が病休中ですし。私はプライベートがごたつき過ぎで、若手の向井ちゃんや林くん森くんにこれ以上仕事を振るのは忍びないし、… さっさと断ろうとするも、期待のまなざしが一斉に集中して言葉に詰まる。 「小牧さんは入庁以来、仕事が出来るって話聞いてますよ。何でも素早く処理してくれるって」 「幸いまだ独り身だし、帰宅を急がなくてもいいでしょうしねえ」 褒めてんのかけなしてんのか、よく分からないセクハラまがいのなすりつけ援護射撃まで飛び出して、ますます断りにくくなる。 「私ら頭の固い高齢者には難しいけど、まだ若いからね、そこんとこ柔軟にね」 「そうそう、若いから」 そりゃあ、課長代理で課長じゃないから、この中じゃ一番若いけども。 季生くんの中身と佑京くんの外見が昏睡状態とかいう私事は、確かに仕事に持ち込んじゃダメだけど、… 「じゃあお願いできますかね、小牧課長代理」 返事が出来ないうちに何か決定されたみたいな空気が流れる。やばい。 「あ、いえあの、うちは、…」 今更感満載で、断り文句を口にしようとすると、 「では、僕がやります」 すっと南条さんがさえぎって、一手に引き受けてくれた。 「え、…」 押し付け合いに必死になっていた各部署の部課長がぽかんと南条さんを見る。 「南条さんがなさるなら、私も一緒に、…っ」 新見課長が急に立ち上がり、突如しらっと冷え込んだ空気の圧に負けて座り直す。 「あの、でも、それは申し訳ないので、…っ」 南条さんは私なんかが計り知れない忙しさなので、さすがに押し付けるのははばかられる。 「では協力してやるということで。次の議題、お願いします」 南条さんスマイルが有無を言わさず会議室を静まらせて、議題が次に進行していった。
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