one more. 6

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「南条さん、すみません。あの、…っ」 私がぐずぐずしていたせいで、代わりに仕事を被ってもらってしまった南条さんに何と言えばいいか分からないまま、部課長会議が終わってすぐに、南条さんのそばに駆け寄った。 「そんなの気にしないの。ゆりのちゃん、今大変なんだから」 南条さんは軽く笑って受け流し、私の頭に大きな手をのせた。 「でもそんな洗い出し作業で南条さんのお手を煩わせるわけにはいかないです。2000年前後ならデータ化されてなくて原本は書庫ですよね。地味に時間かかりそうですし、私、行ってきます」 仕事が出来るスーパーエリートで、みんなに頼られている南条さんは、ものすごく忙しい。誰よりも早く職場に来て、誰よりも遅く帰っている。簡単に甘えるわけにはいかない。 「じゃ、今から一緒に行って、どんなもんか見て来ようか」 会議室を出た南条さんが、さっさと地下倉庫に向かい出したので、慌てて後を追いかけた。なんだか仕事をせかしたみたいになってしまった!? 「ゆりのちゃん、真面目だからね。あんなの新見に押し付け返せばいいのに」 エレベータに乗り込んだ南条さんが、軽口をたたきながらドアを押さえて私を乗せてくれる。 新見課長は何か言おうものなら100倍にして返ってきそうで、怖くてできませんよ、とは言えず、苦笑いでごまかした。 「本当に。空き巣に入られた自宅だってまだ片付いてないんじゃない? イオくんを狙った犯人だってまだ捕まってないんでしょ? 余計なもの引き受けないで、周りに頼っていいんだよ」 この人が慕われているのは、そんな優しいことを言って、でも自分ではいろいろ引き受けてくれちゃうからなんだろうな。 「すみません、ホント。ありがとうございます」 素直に頭を下げたら、大きな手で頭をポンポン撫でられた。 「あれ、第二倉庫ですか?」 エレベータは地下二階ではなく地下三階に停まった。 地下三階の第二倉庫はめったに人が寄り付かず、大昔の文書や所蔵品、骨董品とも言えそうなものがしまわれている。実は勤続10年になる私だけど、まだ一度も入ったことがない。 「20年経つ物はこっちに動かしたって聞いたから。第二にあると思うんだ」 知らなかった。 南条さんに続いて地下三階に降り立つと、フロアはカビと埃の匂いが充満していて、化石の発掘をしに来たような気分になった。地下三階のフロア全体は、造りは古ぼけているけれど、設えられた巨大な倉庫は電子で施錠管理がされていて、意外と人の手が入っていた。なんだか感心していると、南条さんが身分証に内蔵された電子キーで倉庫を開けた。同時に倉庫の照明が一斉につき、ますますハイテクで驚いた。時代の忘れ物みたいなフロアなのに、素晴らしい。 「えーと、書類関係はどの辺かな」 些細なことで感心している私を置いて、南条さんはフロアマップを確認し、蔵書のエリアを探している。 「どうだろ、Eエリア辺りかな」 南条さんの長い足の後ろを小走りで追いかけ、何に使われたのか分からないものが山のように置いてあるフロアを横切った。 広大な倉庫の奥の方に蔵書エリアがあり、気が遠くなりそうな書類の数々がずらりと並べられていた。 「決算関係か、…探し出すだけでも一苦労ですね」 「とりあえず目当てのものを見つけたら全部持ち出そうか」 手分けして端から書類を探す。他に誰もいない忘れられたような空間で、黙々と背表紙を見てファイルを引っ張り出して、踏み台を動かして上の方まで手を伸ばして、… と、頑張って探していたら、突然背後に人の気配を感じ、気がついた時には首筋にチクリとした痛みを感じた。 なに、…!? 勢いよく振り向くと、ぐらりと視界が回り、無様に尻もちをつくことになった。 え、南条さん、…!? 急速に視界が暗くなり、頭を持ち上げているのが辛くなる。黴と埃にまみれた床にどさりと自分が倒れ込む音が聞こえた。 「…ごめんね。イケメンモデルの弟なんて、関わらなければ良かったのに」 誰か。何か。言ったような気がしたけど、一瞬で暗闇に飲み込まれて、何も分からなくなってしまった。
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