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「…なんかこれ、小せえ」
十数年も経ってから、極上イケメンに成長した姿でいきなり現れて、文句言わないで欲しい。
ともかくも季生くんに何か着せなければと、家にある中で最大サイズのスウェットを渡してみたけど、長い手足が余りに余ってつんつるてんになっている。
地味に可愛いかもしれない。
「一個くらいないの? 男物。元カレの忘れ物とか、…」
言ってから季生くんは私を上から下まで二度見して、ため息を吐いた。
「…ないな。長らく男いなそう」
前言撤回。可愛くない。長らく枯れてて悪かったね!?
「むしろ今までいたことないとか?」
季生くんが秘蔵のカップ焼きそばをふうふう冷ましながら口に入れる。
お腹空いた、などと宣う自由人な季生くんのために食料を漁ったけど、めっきり料理をしないキッチンにはろくなものがなく、カップ焼きそばにお湯を注いで向かい合わせで啜っている。
禁断の美味しさである。
「いなくて季生くんに迷惑かけましたか!?」
三十路もとっくに過ぎたというのに、子どもじみた挑発に乗ってしまうのは、それが地雷だからだ。
小牧ゆりの。32歳。社会人。独身。処女。
ううおおお―――、しょ、じょおおお―――っ
32歳まで処女だったら天使になれるらしい、とかそういうのなかったっけ。いや、だからこそ今、目の前に、天使のような顔をした季生くんが降りて来たのか?
「いや、まあ、…」
一気に頬張ってあっという間に焼きそばを食べ終えてしまった季生くんは、カップを洗って「プラゴミどこ?」「あ、そこの水色の容器」律義に分別して捨てると、
「…好都合だけど」
なぜか私の後ろに座った。
「な、…なに?」
無意識に身体がピクリと震える。
何が好都合?
背後から降り注ぐ凄まじいイケメンオーラに卒倒しそうになるんですけど!?
どうにも落ち着かない私に後ろから腕を回して、
「枯れ切ったゆりのに潤いを与えたら、俺のお願い聞いてくれるかなぁって」
交差した手で私を引き寄せると、季生くんは私の耳元に甘えた声で囁いた。
枯れ切ったなどと失礼なことを言われているのに気にする余裕はまるでなく、
無理―――っ、お願い以前に心臓が止まる! 発作っ、心臓発作起こすううう!!
季生くんのバックハグに息も絶え絶えになってしまう。イケメンのバックハグの威力たるや。
「…あのさ、ゆりの?」
「ひえ、…っ」
髪に手を差し入れられて、年甲斐もなくアホみたいな声が出る。後ろからのぞき込まれて心臓が爆発する。
「しばらく俺をここに匿ってくんない?」
季生くんの澄み切った美しい瞳に陶酔したような私が映っていた。
季生くんは、自分が最高級のイケメンに分類されることを知っている。
自分の使い方を分かっている。こうすれば、女の子が断れないって、年増の処女なんてイチコロだって分かってやってる。
それが分かるのに。分かるのに、…っっ
「…うん。…いい、よ」
断れない私のあんぽんた―――んっ! チョロ助! お局! 枯れ木も山の賑わいいい―――っっ
「ありがと、ゆりの。大好き」
頬に季生くんの柔らかな唇を感じて、世界一軽い大好きなのに、ズンバを踊り出す脳みそも、幸福感に満ちていく身体も、我ながら救いようがないと思った。
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