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私の部屋の私のベッドで、国宝級のイケメンが寝ている。
明日死ぬかもしれない。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、季生くんは天使の寝顔で私の布団に潜っていた。写真撮ってもいいですか!?
慌てて出てきて生乾きの髪をタオルに包み直しながら、息を殺してベッドに近づく。
別に何だってわけじゃないけど、ちゃんと念入りに洗ったし、クリーム付けたし、処理したし。だから髪を乾かすのが疎かになったんだけど、長いって思われるのもどうかと思って。って誰に言い訳してるんだし、寝てるんなら関係なかったし。って全然、落胆してるわけじゃないし。
自分のベッドに男の人がいるという今世紀最大のミラクルに、動揺が止まらない。
シミも毛穴も見当たらない滑らかな肌に長いまつ毛、整った高い鼻に桃色の唇。寝顔は天使そのもので、この人があの可愛いかった季生くんだというのも頷ける気がした。
「…季生くん」
呼びかけても起きない。
狭い社宅の部屋にベッドは一つしかないし、一緒に寝るしかないよね? よもや青少年健全育成条例云々に触れないよね?
「お、邪魔ひます、…」
…噛んだ。
自分のベッドに入るのに、過去最大級に緊張する。夜も更けたし、明日も仕事だし、寝るんだ。寝るしかないんだ、ゆりの。
そろそろと布団を捲くる手が震える。自分が犯罪者になったような気がしてくる。季生くんの喉ぼとけがわずかに動くのが見えて、慌てて布団から手を離した。
調子こいてすみません、床で寝ますっ
国宝級イケメンと一つベッドなんて過ぎた夢でした――――っ
急いで飛び退こうとしたら、布団から伸びた手に腕を掴まれ、
「どこ行くの?」
次の瞬間にはベッドの中に引きずり込まれていた。
起きてたんなら言ってよ―――っ
使い古した硬いマットレスと直視するのもはばかられる超絶イケメンとの間で板挟み。爆死。間違いない、明日死ぬ。
「きっ、…きき、季生くん、…」
「こうやって、よく一緒に寝たよな。懐かしいな」
季生くんの滑らかな手が髪を撫で、楽しそうな吐息が額にかかる。
季生くんの長い腕に包まれて、引き締まった胸筋を頬に感じて、密着する体温を全身に感じて、絡まる長い足を下半身に感じて。
動けない。
「…季生くん、…き、季生くん、…っ」
年甲斐もなく泣きそう。緊張で吐きそう。
「…大丈夫」
がっちんがっちんに固まっている私の頭を引き寄せて、季生くんが唇で優しく唇に触れた。
甘い匂い。シャンプーの匂い。同じシャンプーのはずなのに、全然違う。うっとり溶けそうな。腰の辺りに響くような。男の人特有の。くらくらする。力が抜けて、身体の奥が痺れる、そんな香り。
「…こうすると黙る仕組みね」
唇が離れると、目の前には長いまつ毛に縁どられた美し過ぎる瞳があって、余りの美しさに思考が弾けた。
人間て極限に達すると、本当に頭が真っ白になるんだ、と思った。
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