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「…そいつのせいか」
季生くんの声が胸から振動して耳に届いた。
静まり返った深夜。月明りだけがカーテンを揺らす。現実の片隅で二人ぼっち。
季生くんは私が泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。それから二人で布団に潜って、遠い昔のあの頃みたいに寄り添って丸くなっている。
「…彼のせいじゃない。私がダメなの」
初めては、高校最後のクリスマスだった。
最初で最後の私の彼氏は、喧嘩ばかりして不良とか言われていたけれど、本当はすごく優しくて、私は彼が好きだった。本当に。とても。大好きだった。
凍てつく風。溢れる人波。コートのポケットの中で繋がれた手。
斜めがけのバックには、さっき渡されたばかりの小箱が入っている。
イルミネーションを見て、雪が舞い散る公園を歩いて、彼が好きなモンブランを買った。
『俺の部屋、来るか?』
モンブランを食べて、DVDを観て、繋いだ手も、隣に座る体温も、優しく髪を梳いてくれる指も、全部愛しくて、それだけじゃ足りなくて、もっと近づきたかった。ちゃんと分かってたし、同じ思いだったし、彼が良かった。彼じゃなきゃ嫌だった。だから、本当に、全部、すごく嬉しかった。
彼がくれたティアドロップのネックレスだけを身に纏って、滑らかでしなやかな彼の身体に包まれて、その熱さを肌で感じた。心地よくて、嬉しくて、感慨に満ちていて、女の子に生まれて良かったと思った。
なのに。
ふいに自分のあげた声が、いつだったか夜中に偶然聞いてしまった母の声と重なって。
自分自身が嫌悪感に捕らえられて、全身金縛りにあったみたいに総毛立って、動けなくなった。どうしても受け入れられなくなった。頭と心と身体が全部バラバラになったようだった。
「…お母さんのこと、トラウマなのか?」
季生くんの指が私の髪の毛ごとくるくると頭皮を撫でる。くすぐったくて笑えるのに、なぜか泣きたくなってしまう。
そうか。季生くんは幼かったけど、あの奔放な母と一時期一緒に暮らしていたわけだから、何か察するところがあるのかもしれない。
「…分からない」
母のことは、理解している。正直、羨ましいと思うこともある。
結局のところ、好きな人と一緒に過ごす以上に幸せなことがあるだろうか。私のこれまでの人生の中で、彼と過ごしたあの時間こそが最高に幸せな瞬間だったと断言できる。私だって好きな人と繋がりたい。
でも、…
季生くんが言葉の代わりに息を吐いた。それに合わせて季生くんの胸が上下して、上にのっている私の頭も揺れた。
高校以来、彼氏はいない。
というか、男の人自体が無理になってしまった。
近づくだけなら平気だけど、触れたりすると、全身が引き攣って、ひどい時には吐いてしまう。
「…ん? 俺、今お前に触ってるよな」
私の告白を聞いていた季生くんが、ふと我に返ったように自分の手を眺めた。
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