君の傍まであと一秒

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「あの、克樹さん。まだお料理来ないでしょ。用件あるならさっさと話してくれない?」 「え?あ……そ、れは」 「まさか、料理全部食べ終わるまで引っ張る気じゃないわよね?」  やや睨むような目つきになってしまっただろう。彼がたじろぐのが分かった。ああ、自分から呼び出したのだから、とっくに覚悟くらいしておいてほしいものを。 「心の準備、こっちはできてるから。お願い、さっさと言って」  私は膝の上で拳を握りしめて告げた。 「素敵な夢を見せて貰ったこと、貴方には感謝してる。別れたいなら、さっさとそう言ってほしいの」  ぎゅっと目を瞑り――しかしすぐに相手の返事がない。恐る恐る目を開けて顔を上げると、そこにはぽかん、と口を開けている克樹の顔があった。ちょっと待て、何だその顔は。 「……え、え?別れたいなら、ってえ?」  みるみる、その顔が青ざめていく。可哀想なほどに。 「絵麻さん、僕と……別れたい、って、こと、ですか?」  ちょっと待て。何やら、反応がおかしい。私は困惑して、いやだから、と続けた。 「私が別れたいんじゃないわよ。貴方が、別れ話をするために私を此処に呼んだんじゃないの?って言いたいの。だから、どうせ食事の味なんかわかんなくなるんだし、別れ話するなら食事の前にしてくんない?って言いたかったんだけど」 「ち、違いますよ、そんなつもりじゃないです!」 「違うの!?」  思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。彼はバッグの中から、小さな紺色の小箱を取り出して、ぱかりと開けて見せる。  中から出てきたのは、ダイヤモンドらしき光がキラキラと輝いている、指輪。 「こ、こっちです。こっち。僕は……」  彼は真っ赤になって、言った。 「絵麻さんに、プロポーズしたかった、んですけど……」 「え、ええええ!?」  思わず身を乗り出して大きな声を出してしまった。近くを通っていったウエイターが何事かと振り返る。慌てて“すみません”と謝罪し、再び彼に向き合った。 「だ、だって。克樹さん結婚されてるんじゃないの!?」 「してないですよ、今は!」 「今は?」 「四年前に、離婚しました。だからすみません、黙ってたけど、バツイチなのは確かです。会社の人にはそもそも入社前に結婚してたこともほとんど言ってなかったし、だから離婚したことも言ってなかったんですけど……」  四年前に、離婚。自分と付き合うよりずっと前だ(私達は付き合い始めてまだ一年である)。私は脳内で情報を処理しきれず、金魚のように口をぱくぱくさせてしまう。 「カスミさん、っていうのは?その、貴方の奥さんの名前じゃないの?ってみんな話してたんだけど……」  彼は気まずそうに、視線を逸らした。
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