迷宮の中、闇の幼子

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 私の乗っている新快速電車が動き出した。男の子がいた窓は見えなくなり、電車は夕陽に照らされた景色を後ろへ後ろへと押しやりながら進む。この車窓の向こう側に逃げてしまいたい。逃げてしまおうか。どうやって? あんなに大量の仕事を残したままで?  快速電車が遅れて発車して、新快速電車と並んだ。一旦新快速電車を追い抜かして、次の駅で停車するのだ。男の子は、やっぱりいた。私の顔を窓越しにじっと見つめながら行き過ぎていく。さっきと全く変わらない姿で。まるで置き物みたいに首だけが窓にあった。  次の駅を新快速電車は通過する。停まった快速電車の横を通り過ぎるとき、もう見たくないと思った。私はこんなに毎日頑張っているのにどうして。私の何が悪いのだろう。会社がどうにかなるまで働かないといけないのに。もう少しだけ頑張らないと。  ──その前に、自分がどうにかなってしまうのではないか。  もう少しだけ、それが積み重なってもう少しで。男の子の顔が、私の目の前を通り過ぎていった。それを見ながら、もう自分は限界かもしれないと思った。  私は会社を辞めた。  それから一年後、勤めていた子会社はなくなった。  東京にあった本社もろとも、別の子会社に吸収されて社名まで変わっていた。それを私はインターネットで知った。もう少しだけ会社を早く辞めていれば、あんなものを見なくて済んだのかもしれない。
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