迷宮の中、闇の幼子

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 そんなことが当たり前に繰り返される会社にいて、私が思うことはただ一つ。せっかく発注した名刺や名札、シャチハタの数種類の印鑑が無駄になってしまうということだった。  社員が一人来るたびにロッカーの準備やデスク周りの備品など用意しなきゃならないものはたくさんある。そうやってせわしなく動き回っているときよりも、パソコンに向かい合っているときのほうが緊張した。  私の後ろを人が通り過ぎた。風が揺れて、足早に歩き去っていく。でも、足音はしない。ただそれだけの見えない何かの気配を常に感じていた。  その日も得意先へ送る請求書の発送作業をしていた。終業時刻の間際、いつものように郵便料金計器を使って封筒に金額を印字していた。この機械は入り口近くに置いてあって、この場所からは自分のデスクが見えない。早くやらないと仕事をさぼっていると怒られる。それか、もっと早く終わらせろと急かされる。それが三十通でも六十通でも同じだった。  早く、早く。あとちょっと、もう少しで終わる。  封筒を機械に通しながら、八十四円、九十四円と確認していると誰かが私の後ろを通り過ぎた。空調の生温い風が確かに背後で動いたのに、誰もいなかった。またか、と思う。
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