迷宮の中、闇の幼子

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 パソコンで伝票を作っているとき、誰かが自分を覗き込んできた気配がした。「はい、なんでしょうか?」と顔を上げたら誰もそこにいなかった。向かいの席に座る四つ年上の女性社員が(いぶか)しそうな顔をする。直後、電話が鳴って慌てて取った。  疲れているのかもしれない。違う、そんなはずはないとすぐに否定した。  自分の仕事は他の誰も手伝ってくれないけれど、そういうものだと割り切っていた。進捗(しんちょく)状況お構いなしに新たに仕事を増やされても、むしろ仕事をもらえてありがたいとすら思っていた。会社に来なくなった人達は皆、デスクごと仕事を取り上げられていたから。  でも、私の立場も揺るぎないものとは言えなかった。  この事務所は営業部だけを残して後は本社と統合させることがすでに決まっていた。私の上司は、じわじわとそれが現実味を帯びてきた今年の初めからよく当たり散らすようになった。「雑用で給料もらいやがって」と(ののし)られるのはまだ良いほうで、会議室に閉じ込められて一時間延々説教されるというのは業務妨害だと思って腹が立った。  部長はコピー用紙の裏紙でメモ帳を作るだけで一日が終わる。本社に仕事を取られた、とぼやいていたが元々仕事らしい働きをしているのを見たことがなかった。ただ私を監視して、何分席を立っていたか電話でどんな会話をしているかに目を光らせている。  もう少しだけ、もう少しだけ頑張ろうといつも自分を励ました。辛いとかしんどいとか泣きたくなる感情は、社内ポストに入る不要な郵便物と一緒にぐちゃぐちゃに丸めてごみ箱に捨てた。
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